<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>
<feed xml:lang="ja" xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:thr="http://purl.org/syndication/thread/1.0">
  <title type="text">名称未設定</title>
  <subtitle type="html"></subtitle>
  <link rel="self" type="application/atom+xml" href="https://borderain.side-story.net/atom"/>
  <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/"/>
  <updated>2020-03-17T08:59:42+09:00</updated>
  <author><name>琴雪</name></author>
  <generator uri="//www.ninja.co.jp/blog/" version="0.9">忍者ブログ</generator>
  <atom10:link xmlns:atom10="http://www.w3.org/2005/Atom" rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com/" />
  <entry>
    <id>borderain.side-story.net://entry/44</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/joker/%E7%8A%AC%E3%82%82%E5%96%B0%E3%82%8F%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%9D%E3%81%AE%E7%AD%94%E3%81%88%EF%BC%88%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%9F%E3%81%96%EF%BC%89" />
    <published>2020-03-24T15:10:46+09:00</published> 
    <updated>2020-03-24T15:10:46+09:00</updated> 
    <category term="JOKER GAME" label="JOKER GAME" />
    <title>犬も喰わないその答え（かみたざ）</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　嗚呼、面白い。目の前には若かりし頃の───今も充分若いが、中学生の頃の田崎が不安げな顔を押し隠して立っていた。この現象は俺にとって二度目だ。一度目はＤ課の田崎の元に、子供の頃に行ってしまった。<br />
　あの頃の田崎には俺がこんなふうに見えていたのか。不安を他者に気付かれないよう必死に押し隠し、虚勢を張っている姿は確かに可愛い。切れ長の涼しげな目元に力が入っているのか、色白の肌がうっすらと赤く染まっているのがわかる。<br />
「神永はどこに行ったんだ」<br />
　緊張しているのだろう。今の田崎とは雰囲気が少し違って、ほんの気持ちだけ高い気がしたけれど、声変わりは既に済ませていたはずだから、本当に気の所為なのかもしれない。<br />
「俺の田崎のところに行ったよ」<br />
　『俺の』と初めに言ったのは俺が先なのか、それとも田崎のほうが先なのか。これは卵が先かニワトリが先かという答えの見えない問いと同じだから早々に考えるのをやめ、目の前の田崎に集中することにする。<br />
　あの頃の田崎はこんなに幼い顔をしていたんだなぁと懐かしくなって、こっちにおいでと手招きするが、自分の服の裾を握りしめたまま動こうとしなかった。<br />
「お前の神永は俺の田崎のところに行ってるけど、浮気、してるかもしれないなあ？」<br />
　ひくりと肩を震わせている。こんな簡単な煽りにも動揺するなんて、まだまだ青い。<br />
「なんで&hellip;&hellip;あなたがそんなこと知ってるんだ」<br />
「だってお前の神永は、俺の過去だから」<br />
　少年の瞳が揺れて、どう言葉を発するべきか悩んでいる。幼い子供をからかうなんて意地が悪いかもしれないけれど、こんなに面白い体験は他にないのだから、一度くらい許されるはずだ。<br />
「浮気、したのか」<br />
「さあ？　どう思う？」<br />
「わからないから聞いているのに。そういう言い方はずるい」<br />
　唇を噛み、眉を寄せているけれど、そんな姿も可愛いから仕方ない。こうして別々の時間軸が交わっているときは短いのだから、今だけは堪能させて欲しい。この田崎には悪いけれど、真実は俺と同じ歳になったとき自動的にわかるのだから、まぁいいだろう。<br />
　真っ白で何もない世界では、お互いに立ち尽くしているよりこうして話している方が楽しめる。<br />
「大丈夫だ、すぐに戻れるから心配しなくていい」<br />
「そういう問題じゃないことくらいわかってるだろ」<br />
　悔しさのほうが勝ったのか、プライドの高い田崎だが、だからこそからかわれている今の状況を認めたくないらしい。<br />
　このときの俺は、あまり田崎に信用されていないのかもしれない。それとも相手が今の田崎だからだろうか。<br />
「戻ったら確認してみないとな&hellip;&hellip;」<br />
「何の話だ」<br />
「こっちの話だよ。それよりほら、そろそろ戻れる。こんな短い時間じゃセックスの一度も出来やしないだろ？」<br />
「セッ&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
　かあ、と白い肌が朱色に染まるが、発光しながら薄れていく田崎に手を振る。<br />
　あのときの田崎がそうしてくれたように、「またな」と言いながら。<br />
<br />
　元いた田崎の部屋に戻ると、シンプルな色で揃えられた家具が最初目に入った。もう何度も入って、今寝転がっているベッドでは数え切れないほど身体を重ねてきた。<br />
　目を覚ました田崎はゆっくりと起き上がって、あの時みたいに覗き込んできている。<br />
「お帰り、神永」<br />
「ただいま、俺の田崎。子供の頃の俺を誘惑して楽しかったか？」<br />
「楽しかったよ。警戒するとこなんか、今のお前からは想像も出来ないからな」<br />
「当たり前だろ、する必要ないんだから」<br />
　唇を重ねてきた男を受け入れて、何度か味わった後に離れると、濡れた瞳を覗き込んだ。すぐにでも先に進みたいが、それよりも今はやることがある。<br />
「あの頃のお前、俺のこと信用してたのか？」<br />
「ん？」<br />
「子供の頃の俺が今のお前と会ってるって知った時、不安そうにしてただろ」<br />
「ああ、あのときか。だって中学生の神永が今の俺の色香に惑わされないとは思えなかったからな」<br />
　そうだろう？　と、男の長い指が首筋から顎をついとなぞる。あんなにも可愛かったのに、どこをどうしたらこんなふうになってしまうのだろう。時間というものは恐ろしいものである。<br />
　けれどあれほど不安そうにしていたのが、相手が今の田崎だからだとわかってよかった。<br />
「お前は不安にならなかったのか？」<br />
「必要ないだろ。どうせ田崎は俺じゃないとダメなんだから」<br />
「すごい自信だな」<br />
　笑いながらまたキスをする。あの頃の俺には田崎がひどく妖艶な大人に見えていたけれど、今は少し違う。これは俺も田崎も一緒に成長したお陰だ。<br />
「本当のことだろ。それより」<br />
　マウントを取ると田崎を見おろしながら、首筋に口付ける。真白い肌に紅い花を散らせてみれば、美しく彩られた。<br />
「浮気しなかったご褒美、くれよ」<br />
「仕方ないな」<br />
　伸ばしてきた腕が首に巻き付いて、そのまま引き寄せられる。子供の頃の俺はよくこんな男にひっかからなかったな、と、過去の自分を褒めてやりたい気分になった。 <br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>琴雪</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>borderain.side-story.net://entry/43</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/joker/%E3%81%A4%E3%82%88%E3%81%8C%E3%82%8A%E3%81%8C%E8%81%9E%E3%81%84%E3%81%A6%E5%91%86%E3%82%8C%E3%82%8B%EF%BC%88%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%9F%E3%81%96%EF%BC%89" />
    <published>2020-03-24T15:09:47+09:00</published> 
    <updated>2020-03-24T15:09:47+09:00</updated> 
    <category term="JOKER GAME" label="JOKER GAME" />
    <title>つよがりが聞いて呆れる（かみたざ）</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
D課かみたざ、D組かみたざ前提、D組神永&times;D課田崎　ドラマCDクロスオーバー <br />
<br />
<br />
<br />
「おいで、神永」<br />
　ひどく妖しい顔をして、田崎が手を伸ばしてきた。田崎といっても、同じ中学二年生の田崎ではなく、大人の男のほうだ。<br />
　警察官でＤ課という課にいるらしいやつは、おれのよく知る田崎と似ているようで、全然違った。<br />
「あいつ、どこに行ったんだよ」<br />
　すぐに言うとおりにするのが悔しくて、作った拳を背中に隠し悔し紛れに聞いてみる。<br />
「俺の神永のほうに行ってるよ」<br />
　過去に経験したことだからわかる。と、当然のように答えられてしまった。俺の神永、なんて、あいつはそんなことを一度も言ってくれたことがないのに、未来のおれは当たり前に聞いているのか。<br />
「大丈夫、何もしないよ。お前をどうにかしたら、俺も俺の神永にすぐにばれてしまうからな」<br />
　何せ同一人物なんだから。と笑うのが、いつか訪れる未来の田崎。<br />
　本当に、本当に悔しいほど色っぽくて、歯を食いしばる。だって、この田崎はおれの知らないおれを知っていて、当然のようにそれを受け入れているのだから。<br />
　この先おれがどうなるのかも、多分彼は知っているのだろう。<br />
「おれ、早く元の場所に還りたい」<br />
　拗ねたみたいな声が出てしまって、しまったと顔を歪める。これじゃあまるっきりただの子供だ。こいつにそんな姿、見られたくないのに。<br />
　目の前の田崎もそれには驚いたのか一瞬目を見開くが、すぐに笑い出した。<br />
「なにが可笑しいんだよ！」<br />
「ああ、いや、ごめん。馬鹿にしたわけじゃないんだけど、お前ってこんなに可愛かったんだな」<br />
　馬鹿にしてるだろ。絶対。<br />
　もう何も言うまいと口を閉じると、涙が出るほど笑った田崎が、軽くごめんと繰り返して此方に寄ってきた。<br />
　後ろに下がろうとしたけれど、田崎と同じ目をしているはずのまっすぐな瞳に射抜かれて、何もできなくなる。<br />
「ほら、ごめんて言ってるだろ。機嫌、直せよ」<br />
　今度はぽんぽんと頭を撫でられてしまう。本当にこいつは、大人なんだ。背丈も違えば顔つきも違う。だけど何処かでおれの田崎なんだって、思いたかったけれど。いや、今だってそう思いたいけれど。<br />
　十四年という、自分では大人になってきたと思っていた時間は、本当の大人を目にしたら全然歯が立たない。<br />
「大丈夫だよ。あと何年かしたらお前は、俺の神永になるんだから」<br />
　離れてしまわない限り。と、付け足して、笑った男は腕時計を眺めて、そろそろかな、と呟く。<br />
「だから離すんじゃないぞ」<br />
「離すわけないだろ」<br />
　だって田崎は、おれのものなんだから。<br />
　ようやく言い返してやると、嬉しそうに笑って手を振られる。自分の身体を見れば発光していて、ああもうすぐおれの田崎のところへ還れるんだとわかった。<br />
「また、な」<br />
<br />
　真っ白な光に包まれ、気が付くと目の前にはおれのよく知る田崎がいて、顔を覗き込んできていた。<br />
「大丈夫か、神永」<br />
　ベッドに眠っていたらしいけれど、あれは夢ではないという確信がある。<br />
「田崎」<br />
　手を伸ばして田崎を抱き締める。おれと同じ身長で、体格も然程変わらない、正真正銘おれの田崎だ。<br />
「浮気、してないだろうな」<br />
「するわけないだろ」<br />
　胡乱げな声をかけられて、思わず笑ってしまう。まだまだ、大人の田崎には程遠い。大丈夫だ。<br />
　『またな』の約束を守れる日は必ず来る。それまで離したりはしないから、これから一緒に成長していこう。<br />
　それがおれの出来る、最短の道だ。<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>琴雪</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>borderain.side-story.net://entry/42</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/joker/%E9%95%B7%E3%81%84%E5%A4%9C%E3%81%A7%E3%82%82%E3%81%84%E3%81%A4%E3%81%8B%E3%81%AF%E6%98%8E%E3%81%91%E3%82%8B" />
    <published>2020-03-24T15:08:37+09:00</published> 
    <updated>2020-03-24T15:08:37+09:00</updated> 
    <category term="JOKER GAME" label="JOKER GAME" />
    <title>長い夜でもいつかは明ける</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　陽光が大きな窓から入ってきて、整頓された寝室を照らしていく。それに背を向け二人の男が寝台に座っていた。<br />
　ざあ、と、外の木々が大きく揺らされ、入ってきた風によって髪が踊る。<br />
　佐久間は肩越しに外に目をやり、透き通る空に白い雲が流れていくさまを見詰めた。遠くの空は夜の色に染まりつつあるから、陽が落ちきるのはもう間もなくである。<br />
　白く細い指が、つぅと剣胼胝のある佐久間の指のふちをなぞった。一般成人男性であることには変わりないが、三好のそれは軍人のものとは違い滑らかだ。こそばゆさにひくりと動かすと、すぐ横に座った青年が小さく笑って息を漏らす。<br />
　視線を向ければ、薄く赤い唇が弧を描いていた。<br />
　特別な意味もなく溜め息を吐いてみたら、彼にはそれで十分だったらしい。<br />
「僕は佐久間さんのことを、すぐに忘れてみせますよ」<br />
　感情の起伏が殆どない、けれど此方の出方を読めているとでも言いたげな口調は、普段とあまり変わらない。哀愁が漂うわけでもなく、事実を述べているだけなのだろう。<br />
　三好を始めとしたこの養成学校にいる者たちは皆学生でしかなく、まだ誰も卒業していない。しかし一たびこの建物を出てスパイとして活動を始めてしまえば、別人として生きなければならない。ここで生活したことも、こうして今、佐久間と並んで座っていることも、全て捨てて。<br />
　それは最初からわかっていたことだ。<br />
「そうか。だが俺は忘れない」<br />
　ならば返すべき言葉はやはり、佐久間にとっての真実しかない。糞真面目、馬鹿正直だと笑いたければ笑え。<br />
　そう含ませて、けれど気持ちに偽りはない。<br />
　三好は、外国の者を思わせる仕草で肩を上げてみせる。<br />
「そうですか。どうぞご自由に」<br />
　重ねていた手が離れ、からからと音を立てて窓を閉めていた。気付けば陽は沈み、風が冷えてきたから寒かったのかもしれない。<br />
　空を橙色に染め、地平に溶けていこうとする陽光が、部屋をその色に変えていく。<br />
　三好の白い肌に移った夕焼けが美しい。<br />
「それなら佐久間さん、あなたは死なないでください。そして幸せになって」<br />
　逆光で彼の姿が見えない。唯一見える口元だけが下弦の月のように歪んだ。<br />
　それはどういうことだ────と問いただそうとして目を瞠った。きらきらと輝きながら目前の姿は光となり消えようとしていて、反射的に伸ばした手は何も掴めずに宙を掻く。<br />
　美しい男は粒子となって霧散した。<br />
<br />
　目を覚ますと眠る前と同じ木目の見える天井があり、ゆっくりと視線をずらすと煙草のヤニで汚れた壁が広がっている。ああ、そうか、と一人納得してしまったのは、戦時中の軍人としてあるまじきことだが、少し寝ぼけていたからだ。<br />
　夢の余韻が残っていたせいで理解が遅れたが、ここは戦場で、今日も明日も国のために戦う。永遠に続くかと思えるほどの生活に終わりが来るのは、いつになるのだろう。<br />
　この任務に就いてから夢など見ることもなかったが、久々に見たのは何かの予感かもしれない。窓から外を見ると既に空が白み始め、もうこれ以上眠ることは許されない。仮眠を取っていただけだから動くのには特に支障はなかった。<br />
　それほど広くはない駐屯地の寝室のベッドは堅いが、布団で眠れるだけましだ。敵陣営により近い者たちは野営も逃れられないのだから、贅沢は言っていられなかった。<br />
　部屋を出て部下が集まる広間へ向かうと、床で眠りに就いていた兵の数名は既に起きて、準備を終えている者もいた。<br />
　大東亞文化協會を離れてから戦争のただ中に送られ、すぐに前線へと送られた佐久間はしぶとく生き延びている。多くの仲間が命を散らし、今も多くの守るべき人々が飢えて死んでいることだろう。そんな中で息をしているのは奇跡に近い。<br />
　指揮官であるがゆえ後方にいることもあるのかもしれないが、戦場で絶対はなかった。<br />
　広大な大地を踏みしめたと感じる余裕すらなく、足を進める。確定した過去は変えられなくても、未来はこの手で切り開くしかない。<br />
　サイレンが鳴った。眠っていた者も一斉に起きて、すぐ傍にある武器を手にする。<br />
<br />
<br />
<br />
　戦争の終結を宣言され、日本に戻るまでも時間がかかる。その後も多くのやるべきことが待っていた。<br />
　死んだ者の家族に報せに行くのは佐久間の役目のひとつであったが、悲しむ家族が多いことは確かだ。お国のために散らした命ならばと心で泣き顔で笑う者は見ていればわかるが、こうして命を喪えば、国から恩給を受ける。恩給を目当てに兵士の死を望む家族も、哀しいことにこのご時世では存在した。<br />
　どれだけ苦しかろうと金がなくては生きていけない。部下の死を伝えに行かねばならないことが、なによりも辛かった。国のために戦い、戦には負けたが充分役目を果たしたと。<br />
　その合間を縫って、三好の所在も調べていた。極秘事項になっていたとはいえ戦前の話でしかなく、戦後の混乱している今ならば足跡を辿れるかもしれない。意気込んで、いくつかの資料を探していた時だ。<br />
　図ったかのようなタイミングで大東亞文化教會への出向を命じられ、結城中佐にはこの行動すら計画のうちに入っていたのかもしれないと嘆息する。<br />
　話の内容は三好に関することだろうか。<br />
　久々に通す背広の袖は妙に懐かしく感じて一人微笑んでしまい、佐久間にとって大東亞文化協會で過ごした日々は決して長くなかったが、自身を大きく変えた場所となっていたのだと気付かされる。刈る暇のなかった髪はちょうどよく伸びていて、すぐに九段坂下の古い二階屋へ向かった。<br />
　いつか見たときと変わらない古い扉にノックをすると、入れ、という渋い声が聞こえる。立て付けが悪いそこをゆっくりと開け、見えたのはやはりあの頃と変わらぬ男の影だ。<br />
　逆光でよく見えないが椅子に座り、机に肘をついて手を組んでいるらしい。<br />
「陸軍大尉佐久間、参りました」<br />
　敬礼しようとしたが、今が背広姿であることを思い出してやめる。佐久間は戦場で武勲を立てたこともあり、大尉に昇進していた。<br />
「よく来たな」<br />
　生きて還ったことへの、彼なりの賛辞の言葉と思うことにしよう。僅かに笑みを浮かべているのは変わらない。<br />
　参謀本部からの監視役として過ごした時期は決して長いものではなかったが、得たものは大きかった。<br />
　ぴしりと背筋を伸ばして結城の言葉を待つと、組んでいた手を解いて肘掛けに乗せている。<br />
「貴様、三好という男を憶えているな」<br />
　三好。忘れるはずがない名であり、その男について調べていたことも魔王には手に取るように見えているはずだ。ひくりと表情がこわばったことに気付かぬ彼ではないし、ただならぬ関係であったことなどお見通しだ。他の訓練生の報告であったにしろ、彼自身が気付いたことであるにしろ。<br />
　それがわかった上で聞くのならば、最早誤魔化す理由など何処にもない。<br />
「は、憶えております」<br />
「どうしているか、気になっているのだろう」<br />
　やはりそのことか、と心中で舌打ちをする。見透かされているとわかっていながら目前に突きつけられるといい気はしない。<br />
「は、その通りであります」<br />
「奴は死んだ」<br />
　唐突な訃報に一拍理解が遅れた。今も理解出来ているのかと問われれば、そうでもないのかもしれない。表面上は受け取れているが、少なくとも飲み込めてはいなかった。<br />
　死んだ。<br />
　&hellip;&hellip;死んだ。三好が。まさか、そんなはずがない。<br />
　三好のことを調べられたくないがために吐く、結城中佐の嘘ではないかと真っ先に疑うのは仕方のないことだ。意味のある嘘は吐くだろうが、結城は無意味な嘘は吐かない。こと機関員については。<br />
　嘘ならばそれでよし。しかし本当ならば。<br />
　誰よりも近くで中佐を見ていた佐久間は、教え子に厳しい試練を与えようと、決して傷付けるためではなかったことをよく知っている。彼は彼なりのやり方で、教え子のことを大切にしていた。<br />
　結城ならば佐久間が調べる先に、決して三好に辿り着けないよう偽の情報をしかけておくことも容易かろう。<br />
　だから、わざわざ佐久間を呼び出してまで嘘を教える必要がないのだ。しかしそこまで読んであえて嘘を教えている場合もある、と考えるが結局は堂々巡りにしかならない。結城中佐が何手先まで読んでいるのかなど、所詮は凡人でしかない自身にはわからなかった。ならば言葉通り受け取るしかないのかもしれない。<br />
　三好が、死んだ。<br />
　もう一度脳内で噛み締めるように繰り返してみると、共に過ごした日々がよみがえってくる。<br />
　最初の印象は嫌みのように構ってくる青年だった。腹を切らされそうになったこともあるし、本当に切ろうともしたが、死は避けるべきであると言われている以上彼は直前で止めるつもりでもいたはずだ。結果的にそれがヒントになり、マイクロフィルムの隠し場所を導き出せた。<br />
　抱き締めた身体は温かく、触れた薄い唇は思いの外柔らかく、肌は上気するとピンクがかって美しい。色付いた肢体は欲を煽り、幾度も繋げた。甘い声で啼き、名前を呼ばれた日のことは忘れることはないだろう。その際に心も繋がったかと言えば、佐久間だけがそんな気分になっていただけで本当は違ったのかもしれない。それでも愛しいと、一瞬でも愛しさを憶えた相手だということは紛れもない事実だ。<br />
　その男が、死んだ。<br />
　何度繰り返してみても、実感には程遠い。長く姿を見ていなかったせいも、死に顔をこの目で見ていないせいもあるかもしれない。<br />
　けれどどんな理由であれ、きっと彼が言うからには本当のことなのだろう。<br />
「それは、どのような」<br />
　聞いてどうする。何を聞く気でいるのか、自分でもわからない。けれど何かを話していなければ胸の奥から何かが溢れ出してしまいそうで、聞かずにはいられなかった。<br />
　からからに乾いた口の中を、無理矢理唾液を嚥下し湿らす。<br />
「どのような、最期だったのでしょうか」<br />
　三好はスパイだ。死ぬな、殺すなと言われていたＤ機関において、死は最悪の選択だった。早すぎる死は寿命という選択肢を否応なく除外する。<br />
　敵国に見つかって拷問によるものなのか、それとももっと別なのか。心臓だけがばくばくと強く脈打っていて、多くの部下の死に直面してきたというのに三好の死だけは覚悟していなかったらしい。死ぬはずがないと高を括っていたのかもしれない。<br />
　優秀な男だったから、最悪の選択をするはずがないと。ヒトである以上佐久間と変わらぬ種族だというのに、化け物と呼んでいた、ただそれだけの理由で。<br />
「列車事故だ」<br />
　短く告げられたのはあまりにも呆気ない、ドラマにもなりやしない最期。同時に机の上に放り出された新聞紙の記事には、ひしゃげた列車の写真が載っている。<br />
　日本人の美術商が一名亡くなったという、見知らぬ名前と見知った男の顔写真ががひとつ。<br />
「&hellip;&hellip;よく似た他人だということは」<br />
「俺が確認をした。本人だ」<br />
<br />
<br />
　佐久間が次に向かったのは結城に教えられたドイツの共同墓地だ。真木克彦という名で眠っているらしい彼は、不慮の事故死という本来ならば任務の失敗で終わる結末を、失敗では終わらせなかった。むしろ大きな成功のまま、彼は喪われた。<br />
　墓石に掘られている名を指でなぞり、苦笑する。偽名のままで死んだひとを呼ぶことはない。<br />
　そもそも三好という名もまた偽名でしかないが、名前なんて結局は単なる符号に過ぎないのだ。自身が知っている三好はたった一人を示すというだけで十分すぎる。<br />
　いつか笑いながら話していた、整った顔立ちを思い出す。軍人であることもスパイであることも、所詮はただの肩書きだ。肩書きは服と同じで着飾るための要素に過ぎず、それらすべてが取り払われてしまえばただの人間になる。<br />
　途中の花屋で購入した花束を手向け、手を合わせることなく小さな石をじっと見つめた。簡単な包装を施された真白色に統一された花束は、今まで誰一人として来なかったのであろう墓にはよく映える。<br />
　こんな弔いも結局は自己満足にしかならず、墓参りに来ることもまた自己満足でしかないのだとわかっていながら止められなかったのは、とらわれている証拠だろう。彼はもう死んでいて、あの頃のように笑うこともないのに。しかし結城も墓地を教えればこの行動を起こしたであろうことはわかっていたはずだから、真木を装ったスパイを追っている者はもういないのかもしれない。<br />
「三好」<br />
　呼び慣れた名を静かに呟いてみたが、沈黙だけが返ってきた。死んだ者は戻ってこない。返事をすることはない。もう笑わない。悲しまない。二度と甘い声でこの名を呼ぶこともない。写真でしか、思い出の中でしか、会えない。<br />
　二度と会えない。<br />
「三好」<br />
　名を呼ぶ度じわり、じわりとそれが染み渡り、胸が苦しくなる。呼吸が難しくなって、短く酸素を何度も吸った。苦しいだけじゃない。きっとこれが祈りだ。愛しさだ。嘘であって欲しいという望みは叫び出したくなるほどの激流に流されていく。<br />
　彼は確かに生きていたのに、今は声を聞くことすら叶わない。彼は確かに、『生きていた』のに。<br />
　佐久間さん。と、色気をはらんだ声に名前を呼ばれたような気がして、そんなはずがないと冷静な自分が何処かで見ている。<br />
　真木克彦という知らぬ名で埋葬された男は、孤独であるがゆえに間違いなく自身の知る青年であると証明していた。<br />
　ああ、あいつはもう生きてはいないのか。死んで、しまったのか。<br />
　心中で呟いてみると漸く悲しみが悲しみとして溢れ出してきた。<br />
　目の奥が熱くなり、佐久間は知らず自身の顔を押さえる。足の力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまう。一度だけでいい、軍人でもスパイでもない一人の人間として、彼に会いたかった。<br />
　膝をついた地面が冷たい。こんなにも冷たい場所に、貴様は眠っているのか。もう二度と醒まさない眠りに就いて、夢を見ることもなく、たった一人土に包まれているのか。<br />
<br />
　涙を流す者もなく、祖国に還ることもなく、ただ形式的に埋葬された、かつて愛した男が今もこんなに愛おしい。<br />
<br />
　涙が溢れて止まらない。愛して、いた。そして今も、愛している。<br />
　哀れだとは思わない。可哀想だとも思えない。きっと任務を全うし、スパイとして死んだ男はそれで良かったのだと笑うだろう。<br />
　愛国心だけではスパイは務まらないとは、このことを言ったのかもしれない。国のために情報を集め、死して尚国に還ることは出来なかった人。愛国心なんてものがあれば、死した時こそ国に還りたいと願うだろう。けれどそれすらくだらないものとして捨てた男は、最期の最期までスパイだった。<br />
　涙で濡れた手を伸ばして、冷たい土に触れる。国のために喪われた命は国には還れず、靖国には行けたのだろうか。<br />
　生きて、欲しかった。スパイになどならなければこんな形で死ぬことは無かったというのに、そんなことを言えば、無意味なたらればだと彼に笑われてしまいそうだ。<br />
　スパイとしての死はあまりにも孤独で、人として寂しい。彼が大東亞文化教會に来なければ、Ｄ機関の機関員にならなければ、こんな形で喪われることはなかった。しかし同時に、佐久間と出会う事もなかったのだ。<br />
　どちらかを取ればどちらかを手放さなければならなくて、決定づけられていた別れの結末はどう足掻いても悲しみに繋がっていく。<br />
　たとえ出会ったその瞬間に三好の運命が決まったのだとしても、出会わなければ良かったなんて、思ったりしない。共に過ごした時間は短く儚い日々でしかなく、ほんの少し手を加えればあっという間に崩れてしまうような脆いものだとしても、確定した過去が幻に変わることはないのだから。<br />
　忘れるなと、三好は言った。だから一生忘れずに、佐久間は生きていく。<br />
「会いに来てくれたのか、俺に」<br />
　夢を見たあの時には既に、彼は喪われていたのかもしれない。<br />
　家族や友人、他にも彼にとって大切だった人は他にもいるはずなのに、最期の時に会いにきてくれたのなら、なんて愛おしい。なんて狂おしい。<br />
　三好は最期の最期までスパイとしての自身を死なせることも殺すこともなく、生きることにとらわれもしなかった。だからこそ過去のすべてを捨て、残ったとても小さな一欠片に、佐久間があったのだろう。死ぬまで引き出されることのない記憶は、死んでからようやく引き出されて佐久間のもとに来た。<br />
　ほぼ即死だったと聞いたが、痛みも苦しみもなく、あの世に往けたことを願う。一分一秒でも長く生きていて欲しかったが、それが叶わぬのなら、せめて苦しむことなく安らかに。<br />
　国のためならば死ねると言った佐久間が生きて、死ぬなと言われていた三好が死んだ。残酷なほど優しい世界は悲しみを淘汰し、美しいだけの思い出へと勝手に変えていく。醜く歪んだこの世界で、この場所はひどく寂しい。<br />
『僕は佐久間さんのことを、すぐに忘れてみせますよ』<br />
　いつかの夢で見た言葉を思い出す。彼はきっと、本来ならば大切にとっておく多くの記憶をとるに足らないことのひとつとして、きれいに捨て去り、化け物のままで逝ったのだろう。<br />
『だが、俺は忘れない』<br />
　あの時の答えは間違っていなかったのだと確信出来る。<br />
　三好は俺のことを忘れるけれど、だからこそ自分だけは三好のことを忘れない。他の誰もが忘れ、異国の地で喪われた男のことを思い出すこともなく、死したことすら知らずに生きていくのだとしても。三好が死んでも、世界は何も変わらないまま回り続けるから。<br />
「忘れない」<br />
　誓いを立てるように、喉の奥から声を絞り出した。<br />
　化け物であることを課せられていない佐久間は、忘れないままでいい。憶えていることが出来る。これまでも、これからも、ずっと。死ぬまでとらわれることを、許されている。<br />
「貴様のことは忘れない」<br />
　忘れずに、抱き締めて生きていく。とらわれ、時には重荷に感じることもあるだろう。忘れてしまえたらと願うこともあるかもしれない。<br />
　それでも死ぬまで忘れずに、誰よりも幸せになってやる。<br />
　彼が生きるはずだった時間を背負うなんてことは出来ない。三好は三好であり、佐久間は佐久間でしかないから。<br />
　他人の分まで生きるなんて、大層なことは言えない。結局は別人でしかないのだから。人は死ぬときは死ぬから。<br />
「幸せになって、死ぬまで生き抜いてやるさ」<br />
　どこかであの男が笑った声がした気がして、きっと全ては気のせいだったと笑みが漏れる。<br />
　立ち上がり、雑に涙を拭うと佐久間はゆっくりとその場をあとにした。<br />
　あとには白い花束だけが、小さな墓石の前で風に揺らされる。<br />
<br />
<br />
＊＊＊<br />
<br />
<br />
　焼香を終え、白い花に囲まれ柩に眠る祖父の最期の顔を見つめた。<br />
　その顔は、今にでも起きていつものように話しかけてくれるのではないか────そんなことを思ってしまうほど穏やかなものだ。一人息を吐き出して、もう二度と戻らない人を想う。<br />
　時折頑固にもなるけれど真面目で、実直な男性だった。<br />
　縁側に腰掛け、白い雲を見つめて目を細めている姿を見つけては、昔話をせがんだこともある。よく晴れた日の昼下がり、祖母が淹れてくれたお茶を一口飲んで空を見上げて、ため息を零していた。<br />
　その隣を陣取ると地面に着かない足を振って、戦争が起きる前のことを聞いたのだ。<br />
　軍にいた頃の話が殆どだったから、彼は教科書に載っているような軍人と変わらないのかとばかり思っていた。私は軍人の知り合いなんていなかったから余計に。<br />
　けれどある時、不意に思い出したかのように零した誰かの名が、ひどく大切なもののようで、聞き返したのだ。<br />
「&hellip;&hellip;みよし」<br />
　それは祖父にとっても予想外のようで、ただ驚いた顔をして、唇に手を当てていた。<br />
　誰なのと聞けばすぐに我に返り、なんでもないと首を横に振られる。<br />
「そういう名前の、嫌な奴がいた」<br />
　言葉とは裏腹に微笑みはひどく幸せそうで、優しくて、彼にとっての大切な人なのだとすぐに気付いた。ミヨシ。みよし。三好。<br />
　宝箱にしまっていた名前を取り出して、ひとつひとつ嬉しそうに話してくれる祖父の姿が好きだった。穏やかに鼓膜を震わせる、その声がとても好きだった。<br />
　見たこともない戦争の辛さを想像し、今と昔の価値観の違いに驚いた。<br />
「あの頃の天皇陛下は現人神と言われていたんだがな、鰯の頭を信じているのと同じだと言われたんだ」<br />
　鰯の頭も信心から、だったろうか。そんなことわざを聞いたことがある。<br />
　確かに俺は、教えられたことを考えもせず鵜呑みにしていた、と続けられ、まるで懐かしむように話し始めた。<br />
　詳しいことは教えてはくれなかったけれど、軍の中でも少しだけ外れた場所にいた話はこの時が最初で最後だったように思う。それだけ祖父の中で秘められていた出来事だったのだろう。<br />
「そこに居たのは長いとは言えない時間だった。それでも、そこで過ごした日々がなければ今の俺はない」<br />
　断言して、また遠くを見つめる。そこでの生活を思い出しているのか、三好と呼んでいた人と過ごした過去を振り返っているのか。どちらにしても同じことだけれど、それは大切な瞬間だった。<br />
「ああ、俺は、あいつのところへ&hellip;&hellip;」<br />
　行けるのだろうか。<br />
　そう続けるつもりだったのかもしれない。途中でやめてしまった祖父を見上げれば、また此処ではない何処か遠くへ想いを馳せているようだ。<br />
「幸せだったよ。俺の人生は、幸せに溢れていた。結婚して、子供が出来て、孫も産まれて」<br />
　ミヨシは、何処にいる人なのだろう。男の人なのか、女の人なのかも知れないその人は、もう喪われているのかすらわからない。けれどきっと、祖父の手も届かない遠くへ行ってしまったのだと、なんとなく察せた。<br />
　そっと頭を撫でてくれた大きな手が好きで、彼は確かに生きていたけれど、その温もりは喪われてしまった。今はもう氷のような冷たさが染み渡るだけだ。<br />
　『嫌な奴』のところへ、祖父は今度こそ行けたのだろうか。<br />
　そうだとしたのなら死はとても哀しいことだけれど、彼にとってはそれほど憂える事柄ではないのかもしれない。<br />
　天国と呼ばれる場所が本当にあるのなら、二人の心がそこに行けたことを願う。<br />
　もう二度と、哀しい別れが訪れないように。 <br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>琴雪</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>borderain.side-story.net://entry/41</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/joker/%E3%81%BE%E3%81%BE%E3%81%94%E3%81%A8%E3%81%AE%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86%EF%BC%88%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%9F%E3%81%96%EF%BC%89" />
    <published>2020-03-24T15:07:36+09:00</published> 
    <updated>2020-03-24T15:07:36+09:00</updated> 
    <category term="JOKER GAME" label="JOKER GAME" />
    <title>ままごとのようなものだろう（かみたざ）</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　眠っていた寝台がゆっくりと沈んで、ぎしりと音を立てて軋む。環境の変化に深い眠りから微睡みへと変わり、重たい目蓋を持ち上げると一人の男の輪郭が月明かりに見えた。<br />
　窓の外はまだ陽が落ちたままで、朝が来る気配はない。<br />
　この日、田崎以外の訓練生は皆街に出ていて、寝室には他の誰もいない。大方ジゴロの指導を活用し、今頃口説き落とした女と宜しくやっているのだろう。単純に今日は気分が乗らなかっただけだが、誘いを断るときほんの一瞬だけ神永が眉を顰めたのを見逃さなかった。あのまま朝まで帰ってこないかと思っていたが、戻ってきたらしい。いつもと同じように。<br />
　途中で放り出して来たのか、それとも一戦交えたあとにベッドを抜け出してきたのか。早々に男に放られた女が哀れだが、神永のことだから、そこはうまくやっているはずだ。<br />
　他に戻っていたらどうするんだと考えかけたが、この男は他者がいたからといって抑えるような可愛い性質をしていない気もする。<br />
　陰が大きくなるにつれて女がつける、甘い香水の匂いが強くなった。体格も大して変わらぬ男は強い煙草の匂いと混じった香りを抱きながら、片脚をベッドに乗せている。寝台が沈んだのはどうやらそのせいらしい。<br />
　背を向け、話すことはないと意思表示をする。ここのところ毎日のように神永とは身体を重ねていた。表には出さないが、正直疲れているのだ。<br />
「どっち見てんだよ」<br />
　普段とは違い低い声が部屋に響く。今日は一段と機嫌が悪いようだ。無理矢理うつ伏せにされて、唇を噛む。<br />
　無遠慮に乗ってきた男が首筋に顔を埋め、歯が掠めて身をすくめた。<br />
「香水くさいぞ」<br />
「なに？　ヤキモチでも妬いてくれてんの？」<br />
「馬鹿か」<br />
　嫉妬なんてしない。神永はどんな女にも、勿論男にも本気にはならない。本気にならない相手を見つけ、万一本気になられた場合は冷たく突き放す。<br />
　それがわかっていて嫉妬する者がいるのなら、お目にかかりたいくらいだ。<br />
「昨日しただろ」<br />
「俺はさっきもしてきた。他の女とだけど」<br />
「じゃあもう十分じゃないのか」<br />
「冗談」<br />
　喉の奥を鳴らすように笑って、耳たぶに噛み付いてくる。猫や犬がじゃれるような気軽さで始められるそれは、犬猫のように軽いものではないと身をもって知っていた。<br />
「足りねぇよ」<br />
　仕方なしに神永のほうを向き、抱きついてくる身体を押し戻す。目を合わせたら神永の瞳の奥が、女で発散してきたはずなのに既に燃えていた。<br />
　飼い犬に待てを教える主人のように、キスを仕掛けてきた口唇に人差し指を当てる。仄かな笑みを浮かべて返したそれで、寸前のところで止めた。<br />
「言ったろ、最近眠いって。寝かせてくれ」<br />
「田崎」<br />
　短く硬い声が拒否の言葉を遮る。有無を言わさないそれに飲み込まされ、唇にあてていた手も退かされてしまった。<br />
　こんな時の神永はずるい。真っ直ぐな瞳を逸らすこともなく、拒めない一言を告げるのだから。<br />
「欲しい」<br />
<br />
「あ&hellip;&hellip;&hellip;！」<br />
　いつだって折れることになるのは田崎のほうだ。<br />
　深くまで挿入されたものを締め付けてしまうと、後ろから覆いかぶさった男が小さく呻く。腰を両手で掴まれて好き勝手に動かされる中、時折いいところに掠めていくのがもどかしい。<br />
　焦るように適当に解されただけのそこに、強くその存在を知らしめられた。<br />
　シーツを握り締め、枕に顔を埋めて声を殺すが、容赦ない動きは殆ど無意味にしていく。<br />
　中途半端に脱がされた寝間着が、汗で肌に張り付いて気持ちが悪い。神永もジャケットとベストは脱いでいるが、シャツは着たままだ。脱ぐ暇も惜しいとばかりに求められ、衣擦れの音と、粘着質な水音と、荒い二人分の息遣いが耳につく。<br />
「っふ、&hellip;&hellip;ぅ、は」<br />
　抜き差しを繰り返されるうち、もう何度もされた行為の中で見つけられていた前立腺を突かれた。びくりと腰が跳ね、強い快感を得た身体は熱を上げていく。<br />
　一度女で発散したと言った男は、本当にそうしたのかと疑うほど激しく求めてきた。<br />
「&hellip;&hellip;っ、&hellip;&hellip;！」<br />
　身体が熱くて仕方ない。毎夜のように繋がっているというのに終わりの見えない時間に、唇を噛み締める。<br />
　濡れた髪を振って、もう止めてくれと示すが意味を為さない。後ろから伸びてきた手がそっと髪を撫ぜたかと思ったら、首筋を指が伝った。<br />
「イイんだろ」<br />
「&hellip;&hellip;は、誰が&hellip;&hellip;っ、ン、ぁ！」<br />
　ぱたぱたと背中に落ちてきた水滴は、きっと神永の汗だ。見なくてもわかる背後の男の表情は、まるで興奮しきった肉食獣。舌なめずりをして、捕らえた獲物を逃すまいとする。<br />
　腰だけを高く上げ、屈辱的な格好をさせられているというのに与えられる快楽には逆らえない。シーツの上で立てた膝がずるりと滑ったが、支えられていたせいで崩れ落ちることも許されなかった。<br />
「ほら、田崎。ちゃんと膝立てて」<br />
「――――ッ」<br />
　甘えた声でとんでもないことをのたまう男に、ふざけるなと言ってしまえたら良かった。それでも腰を支えていた片手が前に周り、勃ち上がった自身を徐に掴まれてびくりと震える。言われた通りにしか出来ない状況が悔しい。<br />
　後孔を締め付けると背後で息を呑んでいた。<br />
「ァ&hellip;&hellip;&hellip;やめ、さわるな」<br />
　触られたらすぐにでもいってしまいそうで、上下に動かす手を止めたくても揺さぶられて出来ない。<br />
　前と後ろ両方から与えられる悦楽に浸り、目の前が生理的な涙でぼやけていく。<br />
「ぃ、ァ&hellip;&hellip;だめだ、いく、から&hellip;&hellip;っ」<br />
「いいよ、いけよ」<br />
　ぐちゃぐちゃと音を立てて擦られ、かぶりを振っても逃げ場はない。<br />
　何度も前立腺を突かれ、前は先端に爪を立てられる。あまりの刺激に白く濁った欲を吐き出していた。<br />
「も、&hellip;&hellip;ぁ&hellip;&hellip;あぁっ&hellip;&hellip;！」<br />
　昨晩もこうして身体を重ねたこともあって薄いが、神永には関係ない。<br />
　達したばかりで敏感になっている上、蠕動する内部に逆らうように擦られ、意思に反して熱が上がっていく。頂点から降りられず、更なる高みを目指そうとする辛さに、勘弁してくれ、と半分だけ振り返った。<br />
「か、みなが&hellip;&hellip;っ、ァ&hellip;&hellip;ま、まだ、待ってくれ&hellip;&hellip;っ」<br />
「だーめ。まだ俺はいってねぇもん」<br />
　しかし残酷な一言で却下され、乱れた息遣いは続く。動かすたびに聞こえる濡れた音は耳を犯した。<br />
　今夜一度女を抱いたというのは嘘ではないらしいが、この時間を長引かせるだけのことだ。ベッドのスプリングがぎしぎしと悲鳴を上げて、行為の激しさを表していた。<br />
　ふわり、と、汗の匂いが強くなる。沸騰した頭でようやく視線をやれば、肩口に顔を埋めていた。<br />
　最奥を穿たれ背を弓なりに反らすと、べろりと舐められる。そのまま、痕がつくのではないかと思うほどの力で噛み付かれた。<br />
　痛みさえも快楽に塗りつぶされそうになりながら、二度目の絶頂まで追い上げられていく。前立腺を強く抉られて、とうとう達した。<br />
「ぁ&hellip;&hellip;！」<br />
「は&hellip;&hellip;っ」<br />
　締め付けに神永も欲を吐き出して、背中で力を失う。<br />
　部屋には二つの乱れた息が満ちて、解放されたことへの安堵に大きくため息を吐くと、耳を噛まれた。<br />
「なんなんだ、一体」<br />
　顔を見てみると、すっかり機嫌は直ったらしい。いつもの笑みを浮かべながら、噛み付いた場所を指でなぞっている。本当に歯型がついているようだ。<br />
「なぁ、抜いてくれ。もういいだろ」<br />
「もう一回付き合えよ」<br />
　いいだろ？　と、言っている間に中に入っていた神永のものが大きくなっていく。<br />
　冗談じゃない。二日連続で身体を重ねるだけで疲れるのに、その上もう一度なんて。<br />
　何より今の様子を見てみる限りあと一度では終わらない気配がする。無理と言うのはプライドが許さないが、今の状況に適した言葉は一つしかない。<br />
「だめだ、神永。もう離してくれ」<br />
「田崎、&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;嫌か？」<br />
　途端に眉を下げ、本当に年上なのかと問いたくなる表情をされる。その顔に弱いとわかっていてやってるのかと疑いたくなるほど落ち込まれて、強く拒むことを妨げた。<br />
「嫌じゃ、ない、けど&hellip;&hellip;」<br />
「なら、いいんだな」<br />
　言うが早いか、ずん、と再び奥を突かれ、敏感なままの中がその刺激に勝手に反応する。<br />
「―――ァ」<br />
　結局、空が白み始めるまでそれは続けられた。<br />
<br />
　意識を失うように眠っていたらしく、ふと目を覚ますと、隣のベッドで気持ち良さそうに寝ている神永の顔が見えた。事後処理は全て終えており、何もかもが綺麗に拭き取られ、肌蹴られていた寝間着もきちんと着ている。<br />
　女を抱いたあと、機嫌悪く自分のもとへ来ることはいつもの通りだった。帰巣本能のある犬のようで笑えてくるが、あの男が無意識に比較している女と自分では具合が違うらしい。<br />
　何処へ行っても必ず戻ってくる、と口角を上げてしまい、僅かな喜びを得ていることに気付いた。<br />
　決して好きだとは言ってやらない。先に言われれば受け入れてやらなくもないけれど。<br />
　最初から最後まで、ゲームと同じだ。スパイごっこに興じるように、恋愛ごっこを楽しむだけ。恋愛は先に惚れたほうが負けだ。神永も同じ考えだろう。<br />
　自分以外にあんな試験をクリア出来る者がいるとは思わず、最終的に残った八人のうちの一人は、結局は何処かが似ているのかもしれない。<br />
　互いに本気になどなりはせず、自身で考えた上で取捨選択をしていく。それを狂わす恋情なんて、邪魔なだけだ。<br />
<br />
　流石に今日は求めてきたりはしないはずだ。<br />
　果敢ない期待であることは承知の上だが、今は少しでも長く眠りたい。<br />
　起床時間にはまだ少しある。それまでの間だけでよかった。<br />
<br />
　満足げな神永が憎たらしくて、手を伸ばして鼻を摘んでやれば眉を寄せている。それは昨夜の獣のような男と同一人物とは思えないほどの穏やかさを持っていた。<br />
　起きないうちに離して背を向け、ゆっくりと息を吐き出して、再び微睡みへといざなわれていく。<br />
<br />
　重くなっていく目蓋に逆らうことはせずに、あと数十分だけの眠りに就くことにした。<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>琴雪</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>borderain.side-story.net://entry/40</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/joker/%E3%81%BE%E3%82%84%E3%81%8B%E3%81%97%E3%81%A7%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%9F%E7%9C%9F%E5%AE%9F" />
    <published>2020-03-24T15:06:43+09:00</published> 
    <updated>2020-03-24T15:06:43+09:00</updated> 
    <category term="JOKER GAME" label="JOKER GAME" />
    <title>まやかしでできた真実</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　室内に橙色の光が入り、煙草のヤニで黄ばんだ壁を一層染めていく。大の男が寝台に並んで座っている姿が、ひとつの陰としてかたどられて映っていた。<br />
　しん、と静まり返った空間に会話はしばらくなくて、けれど重い沈黙ではなく心地よい静寂となっている。<br />
　どれだけ長い時間、そうしていたのだろう。<br />
　静寂を終わらせたのは、薄闇に動いた三好の方だった。<br />
　此処はとても暖かい場所ですね。と、ベッドの拳一つ分だけ空いた距離を詰めることなく、隣に座る佐久間の手に己のそれを重ねた。窓の外に見える景色はとうに陽を落としていて、星が瞬いている。月も見える時刻にそんなことを言ったものだから、彼は少し困ったように眉を下げた。<br />
　夏に近付くこの季節、寧ろ今は肌寒さを感じるほどだ。佐久間の顔が面白くて笑ってしまうと、途端に不機嫌そうに眉間に皺が寄る。この男は感情を露骨に表情に出してくれるから、いつだって三好を楽しませた。<br />
「少し肌寒いくらいじゃないのか」<br />
「そうですか？　そうかもしれませんね」<br />
　適当な相槌を打っていると思ったらしく呆れたようにため息をついている。三好のそんなところにはもう慣れているから、特に何かを言う気はないらしい。言ってくれてもいいのにと考えながら、佐久間の横顔を見つめた。<br />
　男らしい精悍な顔つきと、太く短い眉。引き締められた唇。前を見据える瞳。<br />
　時折三好は、この男の存在がひどく眩しく感じることがある。スパイは自らを目立たぬ者として個を消し、影としなければならない。しかし佐久間は違う。愚直なほど陸軍の教えを疑わなかったあの頃から変わっても、やはり彼の本質なのだろう。真っ直ぐなところは同じだった。<br />
　佐久間は太陽のようだ。そしてその隣は柔らかな光が降り注ぐ陽だまり。太陽は万物を分け隔てなく照らし出す。迷うことなく伸ばされた手を取ってしまったのは、もしかしたら間違いだったのかもしれない。暖かくて、優しくて、だからこそ三好には眩しくて目を細めてしまう。<br />
　佐久間の隣はスパイとして生きていくためには、いてはならない場所。そして絶対に居続けられない場所でもある。出会えば遅かれ早かれ必ず別れは訪れるものだが、養成所の学生でしかなく、いずれ此処を卒業する三好達にとって、遠くない未来であることは確かだった。<br />
「あなたのことが大嫌いですよ」<br />
　まるで先程の話の続きのように話し出せば、重ねたままの手がひくりと震えた。これは嘘だとわかっているはずなのに、身体が勝手に反応している。本当に隠し事ができない人だ。そんなところがとても―――。だからどうか、と、誰にでもなく願う。<br />
　養成所を卒業し、正式にＤ機関の一員として働くようになれば、誰ひとりとして『三好』のことを思い出す者はいなくなるだろう。自分自身でさえもだ。所詮これも偽名であり語るのも偽の経歴ではあるが、たったひとつだけ、この場所には真実が残る。<br />
　『三好』は確かに此処にいて、佐久間の隣で息をしていた。佐久間が生き続け、忘れないことこそが証となる。<br />
「だから僕のことはさっさと忘れてくださいね」<br />
「うん？」<br />
　何を唐突に、とでも考えているのだろう。前を向いていた黒い双眸がこちらを向く。それを無視したまま続けた。<br />
「あなたが忘れてくれないと、僕が此処にいた痕跡が残ってしまうんですよ」<br />
　憶えていられたら迷惑なんです、と言外に言ったのに気付かぬほど馬鹿な男ではない。彼が生きている限り轍は残る。しかし答えを、本当は知っていた。<br />
「忘れない」<br />
　低く短い答えが想像と同じであることに、僅かながらに安堵した。柄にもなく緊張していたらしく、ほっと肩の力が抜けたことに気づいて心中で苦笑する。真っ直ぐ過ぎて、己の歪みを嫌でも意識してしまう。<br />
　けれどそんなところが彼の長所であり短所でもあるから、今度は佐久間にもわかるように笑ってしまった。<br />
「貴様、何が可笑しい」<br />
「いいえ、佐久間さんらしいと思っただけです」<br />
　静かに告げて肩を震わすのをやめ、竦めて首を横に振る。馬鹿にしたと勘違いをしている男を見つめた。彼の背後にあるのは古いせいでしみが転々と広がる、黄ばんだ壁だけだ。それも既に薄闇に紛れてしまっているが、毎日使っている部屋だ。しみのひとつひとつの場所を正確に言い当てられる自信がある。<br />
「そのままでいてください」<br />
　あなたは何も変わらなくていい。変わらないでいて欲しい。<br />
　道しるべは必要ない。信じるものは自分が決める。三好はこれから幾度も変化するだろう。偽の名前、偽の経歴を与えられ、別人になりきって生きていく。<br />
　時には足元が砂のように脆いと気付くこともあるかもしれない。だから佐久間だけは『佐久間』のままでいて欲しい。これから先も、ずっと。<br />
「あなたは僕達と違って、とらわれてもいいんです」<br />
　とらわれることを許されぬスパイとは違って、佐久間はとらわれてもいい。彼はスパイを選ばなかったから。<br />
　居心地のよいこの場所は全て虚構で、すぐにでも壊れてしまうものだとしても。<br />
　とらわれるということは、忘れないということでもある。<br />
「&hellip;&hellip;三好」<br />
　忘れろと言ったり、忘れるなと言ったり。どちらなのだと聞きたいらしい。そんな顔をしている。<br />
　とらわれることも、とらわれないことも、彼には選ぶ権利がある。自身とは相反する、本来なら一度として交わることのなかった場所にいる人。日陰の人間には眩しすぎる人。<br />
「あなたが決めてください」<br />
　Ｄ機関で得たことすべてを忘れ、今まで通り職業軍人として全うするか。<br />
　忘れることを諦め、他とは違った考えを持ちながらひとり生きていくか。<br />
「その権利が、佐久間さんには与えられているんですから」<br />
「何かあったのか」<br />
　真摯な瞳に射抜かれる。嗚呼やっぱり、自分には日陰がお似合いだ。そして彼には光がよく似合う。考え黙り込んだ佐久間に笑みを深めると、半身乗り出して彼の右太股に体重をかける。<br />
　顔を上げた男の口唇に己のそれを掠め、驚いた顔を目に焼き付けた。<br />
「大丈夫、まだ先の話です」<br />
　嘘を吐いて、食堂に行っていますよと立ち上がり、この暖かい場所から抜け出す。何も難しく考える必要はない。<br />
　考えなくてもこの頭はすぐに三好としての答えを導き出し、そして佐久間は佐久間としての答えを弾き出すのだから。<br />
「貴様は忘れるのか」<br />
　疑うことを覚えた男は、それでも三好には眩しすぎるほど美しい世界を信じている。<br />
　扉の前で一度立ち止まり、ノブを握ったまま彼を見ずに答えた。<br />
「忘れますよ、僕は。すぐにでも」<br />
　三好が三好であったことすべてを忘れ、そして死ぬまで生きていく。それで十分だ。手を引けば古びた蝶番が鳴いて、外の光が入ってくる。<br />
　その向こうへと足を進め、男を置いて言葉通り食堂へと向かった。同じように陰に生きることを決めた者達のところへ。<br />
　三好はスパイとして生きていく。<br />
　佐久間は軍人として生きていく。<br />
<br />
　これはもう、誰にも抗えないたったひとつの現実だった。<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>琴雪</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>borderain.side-story.net://entry/39</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/joker/%E8%BF%BD%E6%86%B6%E3%81%AE%E3%81%99%E3%82%9D%E3%82%81" />
    <published>2020-03-24T15:06:00+09:00</published> 
    <updated>2020-03-24T15:06:00+09:00</updated> 
    <category term="JOKER GAME" label="JOKER GAME" />
    <title>追憶のすゝめ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　煤けて、あまり綺麗とは言えない壁を見つめる。元が鳩舎だったのだからましといえばましなのだろうが。さきほどまで熱くて仕方のなかった身体は既に冷め、肩にかけるだけだったシャツにも腕を通す気になった。<br />
　かち、とマッチで火をつけた音が聞こえて、顔を向けると事後の仮眠を終えた三好が寝台の縁に座り、足を組んで艶然と微笑む。<br />
　その表情はいつも通り佐久間をからかうような笑みでいて、しなやかな指には煙草が挟まれていた。<br />
　こんな時に三好が煙草を吸うのは珍しい。<br />
　大抵あの男等がジョーカーゲームと呼ぶゲームをしているときに見かけるだけで、それ以外はあまり吸っている様子は見られなかったからだ。勿論、佐久間が参加しない、夜に出掛けているときにそうしている可能性は高いが。<br />
<br />
「まあまあ良かったですよ」<br />
　呟くような、あまり起伏のない話し方だが、平時からそうだから癖のようなものだろう。それさえカバーだと言われてしまえば、佐久間には何も言えなくなってしまうが。<br />
　生白くなめらかな肩からずり落ちたシーツは腰にかかり、露出されていたはずの下半身を隠していた。そのあまり感情がこもっていない感想は、数時間前まで身体を重ねていたことに対してだろう。<br />
　相変わらずな物言いに、呆れさえ出ない。<br />
　赤すぎる唇に真白い口付き煙草が咥えられて、その赤が更に映えるのに知らず目を細めていた。<br />
　何も変わらない、日常の断片だ。<br />
　長く吐き出した煙は細くなり、やがて消えていくのがわかる。窓際に置いてある煙草の箱は大和のようだ。少し前まで愛飲していたのはカメリヤだったはずだが、趣向が変わったらしい。<br />
　ほんの一週間ほど前、一人が&ldquo;卒業&rdquo;していった。その時に前触れなどひとつもなく、佐久間は勿論のこと他の訓練生に別れを告げないままに消えていく。姿が見えなくなって初めて卒業を悟り、二度と顔を合わせることがないことを知らされるのだ。現に、三好と同期の数人は既に&ldquo;卒業&rdquo;している。<br />
　その時期は誰にも読めない。<br />
「僕たちは卒業するとき、誰に報せることなくここから消えていくんです」<br />
　三好が言ったのは、それを思い出してのことだったのだろうか。<br />
　例によっていつもの無感動な声音で、紫煙を燻らせて。煙草の先からまっすぐに上へ煙が伸びている。<br />
　佐久間は何かあったのかと勘ぐることもなく、知っているさ。と返していた。偽の経歴、偽の名前。本来の彼が煙草を吸っていたのか、それともそれさえ作られた性質なのかもわからない。本性を知らされる機会も権利も、与えられることはないのだろう。<br />
　卒業試験に、この男ならば難なく合格するはずだ。<br />
　無論彼がそれを不安に思っているわけではないことはわかっている。自尊心の塊のような男が、未来を憂えるわけがない。彼らにとっては今までの訓練やこれからの活動のすべては、人生を少しだけ楽しくするためのゲームに過ぎないのだ。<br />
　だがこの養成所を卒業することは、小さからず彼らに変化を与えるということなのかもしれない。そのことを考えての台詞なのだと、佐久間はほんの数時間前まで信じて疑っていなかった。<br />
　しかし、それが大きな勘違いだったと気付いたときには遅すぎる。<br />
　次に目が覚めたときには、眠っていた痕跡すら残さずに彼自身の寝台から三好は消えていた。手のひらで触れてみても冷えきっているから、布団を抜け出てからもう随分と経っているのかもしれない。<br />
　昨夜確かに腕に抱いていたはずの温もりの何もかもが、まるで夢や幻だったかのように失われていた。<br />
　僕たちは卒業するとき、誰に報せることなくここから消えていくんです。<br />
　三好の言葉が脳内でよみがえる。<br />
　養成所を卒業するとき、誰かに別れを告げることはない。けれどあれは三好に出来る、最後の別れの言葉だったのだ。あの男はこれから死ぬまで、スパイとして生きていく。<br />
　生きていることも何かがあって死んだことも、結城中佐以外に知ることはないのだろう。自身は、好いた者の死を悼む権利すら与えられていないのだ。<br />
　ぎり、と、奥歯を噛んで歪みそうになる顔を耐えた。佐久間はＤ機関のスパイとしては生きていけない。<br />
　死ぬな、殺すな、とらわれるな。この規律は守れない。<br />
　駒として使い捨てられるのは御免だ―――軍人としてあってはならない考えを持ちながら、本名すら知らない男のせめてもの無事を願いながら生きていく。<br />
　馬鹿げている。と、国のために死ねと教育されてきた他者には、一笑に付されることだろう。それでも一度生まれてしまった考えは消えることは無い。<br />
　スパイでもなく、ただの軍人としてももういられない。<br />
<br />
　これから想いを殺そうとし、思い出にとらわれながら、佐久間はひとり、真っ黒な孤独を生きていく。<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>琴雪</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>borderain.side-story.net://entry/38</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/tourabu/%E3%81%BE%E3%82%8B%E3%81%A7%E5%91%BC%E5%90%B8%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB" />
    <published>2020-03-23T18:51:55+09:00</published> 
    <updated>2020-03-23T18:51:55+09:00</updated> 
    <category term="刀剣乱舞" label="刀剣乱舞" />
    <title>まるで呼吸をするように</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[何処かで馬が嘶き、山姥切国広は深くかぶった布を指で上げて、辺りを見回した。終わろうとする季節の空気に、湿気った匂いが混ざっていて雨が近いことを知らされる。<br />
　今回与えられた任務は江戸時代と呼ばれる過去の見回りだ。通常の出陣と違い戦うことは滅多になく、練度が高い山姥切国広と燭台切光忠だけの編成となっている。<br />
　初期にこの本丸についた二振りは既に熟練の域に達していて、ここ最近戦闘に入ることはごく稀だ。曰く、他の刀剣男士との練度差を出来るかぎり無くしたいとのこと。<br />
　繰り返される遠征は、徳川の時代に入ってから穏やかな社会となったが、遡行軍はそんな安寧を壊そうとするかもしれない。という理由からだ。<br />
　一回につき数時間程度の見回りでは、今のところ特別な変化はない。しかしこうして見回りを続けることで、些細な変化に敏感になれるだろう。そして報酬として政府からは資源や手伝い札が支給されるために、ほとんど日課になっていた。<br />
　繰り返される出陣で見慣れた景色と、見慣れた格好の人々。けれど今日という日は今しかないのだから、明日も明後日も同じとは限らないだろう。<br />
　この時代の人々にとって洋装は目立つはずだが、誰ひとりとして気にしていない。皆忙しくそれぞれの時間を過ごしているのは、彼らに刀剣男士の姿が見えていないからだ。この時代の者に刀剣男士たちの姿が見えてしまえば、それこそ大騒ぎになってしまう。<br />
　歴史修正主義者たちが隠れそうなところはあらかた回り終わって、不意に目をやると露天商がいた。<br />
　路地に直接敷かれた一枚の畳には、美しい小物が並べられている。燭台切の眼差しがある一点に注がれていて、そういえば、とふと思い出す。隣で歩く男は、大倶利伽羅を気にかけているようだった。<br />
　といっても、馴れ合いを好まず、一人でいることを望む男の世話を甲斐甲斐しく焼くわけではない。<br />
　時折、大倶利伽羅をじっと見つめていることがある。その程度のことだ。<br />
　それでもその金色が柔らかく綻ぶところは、きっと大倶利伽羅だけに向けられるものなのだろう。<br />
　そんなことに気付いたのは最近のことで、理由は至極簡単。大倶利伽羅とは本の貸し借りをすることがあるせいである。視線を感じた先にいるのはこの男で、どうやら大倶利伽羅を見ているらしいことがわかった。<br />
　畳を一枚引いた店に並べられているのは、漆黒に金の龍があしらわれている櫛だ。<br />
　燭台切は大倶利伽羅を女性扱いしたいわけでも、女性のように扱いたいわけでもないように見えたから、少し意外だった。<br />
　そうしたところで、大倶利伽羅は胡乱な目を向けていそうだが。<br />
　単なる旧友、とは違った関係の二人は、山姥切や他の刀剣男士には見えない特別な絆があるのかもしれない。山伏や堀川のような兄弟に向けるものではなく、庇護欲に近いその感情は、互いにとって互いが特別なのだとわかった。<br />
　会話は少なくても、それが必ずしも不仲というわけではない。<br />
　貼りつかせた視線を元に戻し、嘆息している。<br />
「何か不満でも？」<br />
「え？　なんでもないけど&hellip;&hellip;どうしてそう思ったんだい？」<br />
　どうやら無意識だったらしい。<br />
　この時代での買い物は原則禁止とされている。過去の人々との関わることで、何か大きな変化が生まれるかもしれないからだ。<br />
　一頭の蝶の羽ばたきが、長い時間をかけて遠い地で竜巻を起こすように。それは自然に対しても変わらないし、無意味に転がっているかのような石礫にだって、重要な意味が隠されているのかもしれない。<br />
　物言わぬ刀剣、道具、無機物といえど、一ミリ動かすことで容易く因果が変わる。燃えるはずのなかった刀剣が、間一髪で救われるかもしれない。そうなればその後の歴史が、全て変わる。歴史を変えないために活動している白刃隊からしてみれば、一番避けるべき事柄だ。<br />
　救われずに嘆き過ごすことになった日々の何もかもが消え、救われて喜ぶ日々へと、変化する。<br />
　それはいいことのように聞こえるかもしれない。何も悪いことにはならないかもしれない。だが、喪われたことで名声を得た人間がいたように、失われて初めて何かを得た者がいるかもしれない。<br />
　厳しすぎるとしてもたった一輪の花を摘むことさえ許されないのは、未来からの干渉を出来うる限り減らすためだ。<br />
「いや、どうもしないならいい」<br />
　首を横に振ったが、すぐに自らが吐き出したため息に気付いたのだろう。任務の最中に他のことを考えるなんていけないね、と微笑んだ。<br />
「&hellip;&hellip;もしも」<br />
　願ってはならないことだが、たとえ話をするぶんには自由なはずだ。気まぐれに無駄話をするのも、悪くはない。<br />
「もしも土産を選べるとしたら、あんたは何を持ち帰るんだ？」<br />
　唐突すぎたかもしれない。男は見えているほうの目をしばたたき、少し考えるように天を仰ぐ。今思い浮かべているのは、本丸で待つ大倶利伽羅だろうか。<br />
「僕は&hellip;&hellip;ないよ」<br />
「ないのか？」<br />
　てっきり先ほどまで見ていた櫛だと思っていただけに、妙な声が出てしまった。それに気付いているのかいないのか、燭台切は、今歩く道が続くほうを指差す。<br />
　道をまっすぐ進んだところに、小高い丘があるのを初めて来たときに見付けた。<br />
「この先に景色が綺麗な場所があるだろう？」<br />
　確かにそこは見晴らしがいい。この季節には小さくて黄色い花を咲かせる木が並んでいた。<br />
　今も風に、その花の香りが運ばれてくるような気さえする。<br />
「あの景色を、一緒に見たい人がいるんだ」<br />
「そうか」<br />
　それは誰か、などと無粋なことは聞かない。<br />
　多分思い浮かべているのは、たった一人に違いないから。<br />
　隻眼の男が何故大倶利伽羅を選んだのかはわからない。けれどそれでいい。本人達にしかわからないことで、もしかしたら本人にすらわからないことなのかもしれないのだから。<br />
「景色も、感動も、持ち帰れるものではないからね」<br />
　行き交う人々の波に流されながら、空を見上げる。二二〇五年と同じようでいて、少し違う色をしていた。<br />
　陽が陰ってきたせいで、先ほどよりも人通りは少ない。もとの時代に戻るのはもう間もなくだ。<br />
　一際強い風が砂塵を飛ばし、目を細める。<br />
　ぶわりと布が閃いて、押さえる暇もなく頭から離れていく。<br />
　時間跳躍の加速度に耐えるべく、目蓋を閉じた。<br />
　燭台切がそれを叶える日は来るのかさえ確定していない未来だ。けれど、いつか来るのだろう。<br />
「きっと見られるさ」<br />
　呟きが届いたのかはわからないが、燭台切が微笑んだように見えたのは、気のせいではないだろう。]]> 
    </content>
    <author>
            <name>琴雪</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>borderain.side-story.net://entry/37</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/tourabu/%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%90%E3%82%A4%E3%80%80%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%87%E3%82%A4" />
    <published>2020-03-23T18:51:11+09:00</published> 
    <updated>2020-03-23T18:51:11+09:00</updated> 
    <category term="刀剣乱舞" label="刀剣乱舞" />
    <title>バイバイ　イエスタデイ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[紅い。<br />
　紅い紅い華が、地面いっぱいに咲いていた。<br />
　ここに咲いているのは毒々しいほどの紅だが、雪のような白い色も咲くと聞いたことがある。その華に葉はない。華が散るまで葉は出ない。葉は華を想い、華は葉を想う。相思華とも呼ばれているらしい。<br />
　光忠はそこで足を止め、花畑を見渡した。<br />
　花には花言葉があると聞いたのは、審神者からだった。<br />
　足元に広がる曼珠沙華を、かがんで一輪手折る。この華には毒があると聞いたことがあるが、皮膚からではなく、経口摂取で初めて影響が出るはずだ。<br />
　この華の花言葉には、哀しい思い出、諦めという意味も含まれていたはずだ。<br />
　今や光忠にとって、愛しい人―――大倶利伽羅と共に過ごした日々は、既に過去のこと。哀しい思い出となっていた。<br />
<br />
　大倶利伽羅が破壊されたと聞いたのは、たった数日前のことになる。けれど光忠にとってこの数日はとてつもなく長いようでいて、あっという間に過ぎたようにも思う。乾燥し始めた風に揺れる華を見つめ、やがて目蓋を閉じる。<br />
　破壊は、人間にとっての死と同じだ。死んでしまったものは、二度と還らない。どれだけ望んでも、何を願ったとしても。『付喪神』という存在自体が消えてしまえば、たとえ本体が残ったとしても、ただの抜け殻だ。<br />
　光忠とて一度は死にかけた。焼け焦げ、武器としての価値を失くした。けれど今こうしているのは、水戸徳川が本体を保管し続けていたからに他ならない。<br />
　壊れてしまったものは、決して元には戻らない。人の命と同じように。<br />
　この現実が夢や嘘だったなら、どれだけ幸せだったことか。恋人の死を前にして、一度たりともそう願わない者など、きっといない。けれど、大切な人の『死』から目を背けるような、格好悪い真似はしたくなかったのだ。<br />
　あの青年は誰もいない部屋で、静かに本を読むことを好んでいたように思う。そんな彼の邪魔をする必要もなく、理由もなかった。用事があれば話すことはあったけれど、それで十分だったといえば、そうだったのだ。<br />
　時折交わされる会話で聞ける、柔らかな声は心地よかった。彼自身を、自分が思っていた以上に好いていたことに気付いた時、動揺することもなく、まるでそれが当たり前かのように受け入れられた。<br />
　彼に好意を持った理由も、恋情を抱いた理由にも、元の主が同じという共通点は、関係ない。<br />
　ひとりでいたいなら、そうすればいい。彼の嫌がることをしたくはなかったし、彼がそうして穏やかな時間を過ごしていると思うだけで、充分に満ち足りていた。<br />
　想いを告げようと決めたのは、どうしてだったのだろう。ただ理屈じゃなく、どうしても伝えたいと思ったことは確かだ。<br />
　そうと決めたら、躊躇はひとつもなかった。<br />
　同性であることが差別に繋がる時代もあったと聞く。だが、性別に興味はなかったし、自身に一番影響を及ぼしている伊達政宗がいた時代は、男色が当然の時代だった。<br />
　ただこの恋情が、単なる刀であれば持たなかったであろう感情であることは、わかっていた。そしていつか、すべての戦いが終わったとき、想いを遂げたとしても、別れの哀しみを強くすることも、わかっていた。<br />
　それでも伝えようと決めたのは、限りある刃生なのだから、悔いを残したくなかったからだ。<br />
　いつか別れるのならば、後悔などしたくない。悔しいことも、哀しいことも、誰かを愛しいと想う感情と共に生まれたのだから。それならそれでいい。そう、思っていたからだ。<br />
　受け入れてくれたのは、彼の本心だという確信が、今でもある。雰囲気に流されたとか、そういった類ではなかった。<br />
　彼は誰かの本気には本気で考え、応えようとする、そういう格好よさがある。そんなところにも惹かれたのだ。<br />
　言葉で示せば、大倶利伽羅が小さく息を呑む。姿勢を正し、金色の視線が光忠を射抜いた。<br />
「俺は、あんたが好きだ。光忠」<br />
　先に告白したのはこちらのほうなのに、まるで告白し直されたかのように、真っ直ぐな言葉だ。<br />
「ありがとう」<br />
　けれど驚きはひとつもなくて、答えなんてずっと前から知っていたかのように、素直な言葉が出た。<br />
<br />
　甘いものが好きだろう、と和菓子を差し入れたことがある。<br />
　審神者の共をするために町に出た際、和菓子屋を見付けたのだ。<br />
　本丸にいる間の大倶利伽羅は眉を下げ、眠そうな顔をしていた。だが、以前審神者が買ってきた団子に、ほんの少しだけ嬉しそうにしていたことを思い出したのだ。<br />
　ともすれば見逃してしまいそうな、小さな変化でもある。けれど光忠はたしかに、そう感じた。<br />
　彼の部屋のふすまを叩き、何の用だ、と尋ねた声に、街で購入した羊羹を出した。<br />
「君と食べたくて買ってきたんだ。一緒にどうだい？」<br />
　理由を尋ねる前に、眉を寄せながらも、室内に招き入れる律義さに笑いそうになる。<br />
　座布団を敷かれ、そこに腰を下ろす。<br />
　強引だっただろうか。けれど理由などそれ以上にはなかったし、必要がないことも確かだ。<br />
　美しく輝く星を見つけたときには、大倶利伽羅も同じ星を見ているだろうかと考える。美味しいものを食べたときには、彼にも味わってもらえたらと思う。幸せのおすそわけ、とでも言えばいいのだろうか。<br />
　勿論それは共に見られたら一番いいけれど、たとえ離れていてもいい。遠くで、同じ星を見て居られれば。彼も元気でやっていると信じるだけで、幸せになれた。<br />
「これを買ってくるまでの道に、彼岸花が咲いていたんだ」<br />
「ヒガンバナ？」<br />
　包み紙を開け、持ってきた菓子器に並べる。そこには紅く小さな華が、透明な羊羹の中に咲いている。<br />
「そう。曼珠沙華とも言うらしいけどね。見たことがあるかい？」<br />
「いや。ないな」<br />
　小さく首を横に振っている。ということは、彼は今出した羊羹の中に閉じ込められている、この華の名も知らないのだろう。<br />
　花言葉は多いが、情熱、という花言葉が光忠には印象的だった。<br />
　炎のような紅い色。赤は、情熱の色とも言われるらしい。他にも花言葉はあるけれど、今はそれを言わなくてもいいだろう。<br />
　彼岸のない付喪神は、本体が失われてしまえば、消えるだけだ。生まれ変わることもなく、ただ、消えていくだけ。<br />
　燃えるような紅い色は、黒い服を纏う彼によく似合うはずだ。<br />
　菓子切りで綺麗に食べている彼を見ながら、つい微笑んでしまう。あの華を見つけた時、一緒に見られたなら良かったのにと、そんなことを考えてしまったから。<br />
　そしてちょうど、和菓子屋で見付けてしまったがために、こうして買ってきてみたのだ。<br />
「君に、よく似合うだろうね」<br />
「&hellip;&hellip;どうして俺に」<br />
　彼が纏う腰布を見やって、赤は、大倶利伽羅を思わせるのだ。それを口には出さずに、手元にある華を見詰めた。<br />
　本物を、彼と共に見られる日が来たらいいのにと、そんなことを考えながら。<br />
　まだ彼の持つ造りものの華は、散らないままだ。<br />
「今度は、君と見たいね」<br />
　一度目は、今この瞬間だ。この、人の手で作られた華を、共に見ているのが一度目。<br />
　そして二度目は、いつかの未来で来てほしい、本物の彼岸花を見る日。<br />
　その時、花言葉に込められた願いは叶うのだろう。<br />
<br />
　そう、信じていた。<br />
　花畑で摘み取った一輪の曼珠沙華を、本丸の敷地内にある、薄暗い倉庫へと持っていく。湿度や温度管理は完璧だが、光は外から僅かに入ってくるだけだ。そこにはいくつかの、魂の入っていない刀が仕舞われていた。<br />
　付喪神は、刀が刀としての役目を果たせなくなることで消えてしまう。折れた本体はそのまま、審神者が大切に保管していた。<br />
　小さく空気を吸って開けた箱にある、二つに別れた倶利伽羅竜を見詰める。<br />
　そこに静かに、華を添えた。<br />
「ああ、やっぱり君によく似合う」<br />
　さよならの言葉さえ言えずに消えた、あの凛々しい青年を想う。言葉を与えられても、その瞬間に居合わせられなければ別れは告げられない。<br />
　けれど。<br />
　人は言葉に出来ない想いや、伝えられなかった感情を、花言葉に込めて贈る。<br />
　人とよく似た器を持っている今ならば、それも許されるだろう。<br />
　彼と過ごした日々は、一度は哀しい思い出になってしまった。しかし、哀しい思い出は哀しい思い出として諦めれば、幸せだった日々として思い出し、笑える日がくる。<br />
　今の光忠のように。<br />
　また会う日を楽しみに。それはひとつの、諦めの言葉だ。そしてひとつの、別れの言葉だ。<br />
　付喪神に来世はない。けれどどの付喪神も、消えた後のことなど本当は誰も知らない。それは人間の死と、同じことなのだろう。<br />
「さようなら、大倶利伽羅」<br />
　ぱたりと箱を閉めて、目蓋を下ろす。<br />
「また会う日まで」<br />
　これが君にかける、最期の言葉だ。もしも生まれ変わることが出来たなら、その時を楽しみにしていよう。<br />
　彼との日々を、哀しいだけの想い出にしないために。]]> 
    </content>
    <author>
            <name>琴雪</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>borderain.side-story.net://entry/36</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/tourabu/%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%AF%E7%A2%BA%E3%81%8B%E3%81%AB%E5%90%9B%E3%81%AE%E8%89%B2" />
    <published>2020-03-23T18:50:37+09:00</published> 
    <updated>2020-03-23T18:50:37+09:00</updated> 
    <category term="刀剣乱舞" label="刀剣乱舞" />
    <title>それは確かに君の色</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[一際強い風が吹いて、見上げていた空で雲が急速に流れていく。<br />
　そのまま眺めていると、雲に隠れていた月が現れた。<br />
　それまでは言葉もなく、大倶利伽羅と共に縁側に座っているだけだった。しん、と静まった夜に、ふたりきりで。肩の触れ合う距離で。<br />
　いや、もっと近い。光忠にしかわからない程度に、大倶利伽羅はほんの少しだけ、寄り掛かってきていた。<br />
　言葉がなければ場が持たない二人ではない。むしろ、その静けさにすら心地よさを覚えている。けれどそれを最初に破ったのは、光忠のほうだった。<br />
「月が、綺麗だね」<br />
　今日の月は一際大きく、まばゆく輝いているように見えた。<br />
　それは、満月だから、という理由だけではないのだろう。美しいそれは、ただそこにあるだけで、見上げる者を魅了する。<br />
　そんな時にふと、思い出したのだ。<br />
　遠い昔に夏目漱石が、I love you.を、月が綺麗ですねと訳したということを。審神者に聞いたのだろうか。それとも、書物で知ったのか、出どころはもう、忘れてしまった。<br />
　隣の彼は眩しさを厭う様子はないが、そっと目蓋を伏せている。微笑んでいるように、光忠には見えた。<br />
「&hellip;&hellip;ああ」<br />
　それ以上の言葉はない。だが、言葉の真意に気付いているのであろう。大倶利伽羅の返答は短いけれど、それだけで十分だ。<br />
　再び静寂が舞い降りる。<br />
　光忠はまだ月を見つめたまま、声には出さずに呟いていた。<br />
　月は、彼の瞳の色とよく似ている。]]> 
    </content>
    <author>
            <name>琴雪</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>borderain.side-story.net://entry/35</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://borderain.side-story.net/tourabu/%E9%80%8F%E6%98%8E%E3%81%AA%E3%81%BE%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%84%E3%81%84%E3%82%93%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86%EF%BC%9F" />
    <published>2020-03-23T18:49:57+09:00</published> 
    <updated>2020-03-23T18:49:57+09:00</updated> 
    <category term="刀剣乱舞" label="刀剣乱舞" />
    <title>透明なままでいいんだろう？</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[ゆるりと髪を撫ぜた風に、ふわふわと漂うだけだった意識が浮上していく。先程まで本を読んでいたが、知らぬ間に眠ってしまっていたようだ。<br />
　ぼんやりとした意識の中で深く息を吸ってみると、よく知る匂いが鼻腔をくすぐった。何の匂いか、それとも誰の匂いかもわからない。だがひどく、大倶利伽羅を穏やかな気持ちにさせるものであることは確かだ。あたたかくて、何故だかとても懐かしい。<br />
　髪に触れてきて、長い指に絡ませているのがわかる。普段ならば他者が近付けばすぐに起きるというのに、その指の温度が心地よく、再び深い眠りにさそわれるかのようだ。その者が一体いつから近くにいたのかさえも、なにもわからない。<br />
　まだもう少し、こうしていたい。寄りかかったままの柱に体重をかけて、あぐらをかいたまま。持っていたはずの本は、いつの間にか畳に落ちていた。微睡みのまま、ゆっくりと息を吐き出す。重い目蓋はそのままに、殺し合いと殺し合いの間の、ほんのひとときの安らぎに身を任せていたいなどと。<br />
　肉体という器を与えられる前から、武器ということが何よりの誇りであり、すべてだ。だからそんなことを、普段ならば考えるはずがないというのに。<br />
　この感情に、名前をつける必要などないとも思う。ただ傍にいる者の気配が、体温が、息づかいの全てが、再び深い眠りへといざなう。<br />
　ゆったりと、流れていくだけのひととき。数えてみれば、本当は、それほど長い時間ではないのかもしれない。けれど、大倶利伽羅にとっては、そしてその場にいるもう一人にとっても、何物にも代え難い時間であることは確かだ。<br />
　呼吸音と、今も髪に触れる指の持ち主の温度と、遠くで聞こえる子供の声と。刀としての『命』を懸けた戦いの中で見つけた、静かなだけの時間。<br />
　いつか失われることとわかっているからこそ。そしていつ失うかもわからぬからこそ。この穏やかな時もまた、尊い時間だと感じるのかもしれない。<br />
　けれどそんな曖昧な感情は、聞こえた別の足音に霧散した。目を開けると手は自然に離れ、立ち上がった光忠が背を向けているのが見える。<br />
　あの気配は、光忠だったらしい。<br />
　障子越しに陰が作られ、姿を現したのは骨喰だった。武装を解いた男が、銀の髪を揺らしている。確か今日の近侍は鯰尾のはずだ。<br />
「此処にいたのか」<br />
「&hellip;&hellip;ああ」<br />
　凭れていた柱から背を離し、中途半端に開いたままの本を閉じる。出陣だろうか。手元にある本体の場所を確認する。つい先日、練度の低い者の育成に力を入れると聞いていたが、何か問題があったのだろうか。<br />
「審神者が、土産を買ってきた。お前たちの分も」<br />
「ああ、わかった。ありがとう。すぐに行くよ」<br />
　その土産は食べ物で、だから一緒に食べようと言いたいのだろう。光忠が返事をして、いつもの笑みを浮かべていることが、顔を見なくてもわかる。<br />
　そよそよと風が吹いて、手入れが行き届いた男の髪を動かしていく。<br />
　その姿を眺めながら、大倶利伽羅は深く息を吸い込む。あの懐かしい匂いの正体など。そこから生まれた小さな想いの正体など、今は知る必要はないだろう。]]> 
    </content>
    <author>
            <name>琴雪</name>
        </author>
  </entry>
</feed>