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嗚呼、面白い。目の前には若かりし頃の───今も充分若いが、中学生の頃の田崎が不安げな顔を押し隠して立っていた。この現象は俺にとって二度目だ。一度目はD課の田崎の元に、子供の頃に行ってしまった。
あの頃の田崎には俺がこんなふうに見えていたのか。不安を他者に気付かれないよう必死に押し隠し、虚勢を張っている姿は確かに可愛い。切れ長の涼しげな目元に力が入っているのか、色白の肌がうっすらと赤く染まっているのがわかる。
「神永はどこに行ったんだ」
緊張しているのだろう。今の田崎とは雰囲気が少し違って、ほんの気持ちだけ高い気がしたけれど、声変わりは既に済ませていたはずだから、本当に気の所為なのかもしれない。
「俺の田崎のところに行ったよ」
『俺の』と初めに言ったのは俺が先なのか、それとも田崎のほうが先なのか。これは卵が先かニワトリが先かという答えの見えない問いと同じだから早々に考えるのをやめ、目の前の田崎に集中することにする。
あの頃の田崎はこんなに幼い顔をしていたんだなぁと懐かしくなって、こっちにおいでと手招きするが、自分の服の裾を握りしめたまま動こうとしなかった。
「お前の神永は俺の田崎のところに行ってるけど、浮気、してるかもしれないなあ?」
ひくりと肩を震わせている。こんな簡単な煽りにも動揺するなんて、まだまだ青い。
「なんで……あなたがそんなこと知ってるんだ」
「だってお前の神永は、俺の過去だから」
少年の瞳が揺れて、どう言葉を発するべきか悩んでいる。幼い子供をからかうなんて意地が悪いかもしれないけれど、こんなに面白い体験は他にないのだから、一度くらい許されるはずだ。
「浮気、したのか」
「さあ? どう思う?」
「わからないから聞いているのに。そういう言い方はずるい」
唇を噛み、眉を寄せているけれど、そんな姿も可愛いから仕方ない。こうして別々の時間軸が交わっているときは短いのだから、今だけは堪能させて欲しい。この田崎には悪いけれど、真実は俺と同じ歳になったとき自動的にわかるのだから、まぁいいだろう。
真っ白で何もない世界では、お互いに立ち尽くしているよりこうして話している方が楽しめる。
「大丈夫だ、すぐに戻れるから心配しなくていい」
「そういう問題じゃないことくらいわかってるだろ」
悔しさのほうが勝ったのか、プライドの高い田崎だが、だからこそからかわれている今の状況を認めたくないらしい。
このときの俺は、あまり田崎に信用されていないのかもしれない。それとも相手が今の田崎だからだろうか。
「戻ったら確認してみないとな……」
「何の話だ」
「こっちの話だよ。それよりほら、そろそろ戻れる。こんな短い時間じゃセックスの一度も出来やしないだろ?」
「セッ………」
かあ、と白い肌が朱色に染まるが、発光しながら薄れていく田崎に手を振る。
あのときの田崎がそうしてくれたように、「またな」と言いながら。
元いた田崎の部屋に戻ると、シンプルな色で揃えられた家具が最初目に入った。もう何度も入って、今寝転がっているベッドでは数え切れないほど身体を重ねてきた。
目を覚ました田崎はゆっくりと起き上がって、あの時みたいに覗き込んできている。
「お帰り、神永」
「ただいま、俺の田崎。子供の頃の俺を誘惑して楽しかったか?」
「楽しかったよ。警戒するとこなんか、今のお前からは想像も出来ないからな」
「当たり前だろ、する必要ないんだから」
唇を重ねてきた男を受け入れて、何度か味わった後に離れると、濡れた瞳を覗き込んだ。すぐにでも先に進みたいが、それよりも今はやることがある。
「あの頃のお前、俺のこと信用してたのか?」
「ん?」
「子供の頃の俺が今のお前と会ってるって知った時、不安そうにしてただろ」
「ああ、あのときか。だって中学生の神永が今の俺の色香に惑わされないとは思えなかったからな」
そうだろう? と、男の長い指が首筋から顎をついとなぞる。あんなにも可愛かったのに、どこをどうしたらこんなふうになってしまうのだろう。時間というものは恐ろしいものである。
けれどあれほど不安そうにしていたのが、相手が今の田崎だからだとわかってよかった。
「お前は不安にならなかったのか?」
「必要ないだろ。どうせ田崎は俺じゃないとダメなんだから」
「すごい自信だな」
笑いながらまたキスをする。あの頃の俺には田崎がひどく妖艶な大人に見えていたけれど、今は少し違う。これは俺も田崎も一緒に成長したお陰だ。
「本当のことだろ。それより」
マウントを取ると田崎を見おろしながら、首筋に口付ける。真白い肌に紅い花を散らせてみれば、美しく彩られた。
「浮気しなかったご褒美、くれよ」
「仕方ないな」
伸ばしてきた腕が首に巻き付いて、そのまま引き寄せられる。子供の頃の俺はよくこんな男にひっかからなかったな、と、過去の自分を褒めてやりたい気分になった。
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