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決して切れることのないもの(カルデア時空イス+Ⅱ)

このカルデアに、イスカンダルが召喚されたとエルメロイ二世が耳にしたのは、もう三日も前のことになる。命燃やし尽きるまで彼の王に近付き、そして英霊の座に行くと誓った相手が、同じ建物の中にいる。第六次聖杯戦争を教え子と共に未然に防いだエルメロイ二世が、再び冬木の聖杯により生まれた特異点のために呼ばれ、解決してから、既にそれなりの時間が経過していた。
 空き部屋や喪われた多くの職員が使っていた部屋をサーヴァント用に割り当てられ、カルデアでは暮らしている。
 七つの特異点のうち半分も修復していないため、まだ気は早いが、イギリスのアパートのように散らかしておくわけにもいくまい。部屋にあるのは召喚の際についてきた大切なものと、カルデアの図書館で借りたイリアスと、それから日本のゲーム機のみ。大切なものはチェストに保管してある。
 日本とここで電圧やテレビ信号が同じで良かった、と思わざるを得ない。何より、ここにはイギリスのアパートよりも日本のソフトが多い。
 時折マスターに呼び出されて講義することもあれば、他のサーヴァントが乗り込んできたりもする。霊体化などという、普通の人間からしてみれば反則技を当たり前に使える彼らからしてみれば壁などあってないようなもので、一部を除き鍵を掛ける癖すらなくなった。とはいっても、わざわざ霊体化して乗り込んでくるような暴君は、今のところいないのだが。
 真白いシーツが広げられたベッドにエルメロイ二世は腰かけ、ただ一人思案する。三日経っても未だ落ち着かぬ心を宥めるために、胸ポケットのシガーケースから煙草を出し、先端をマッチで炙った。煙を肺までくぐらせると、ゆっくりと紫煙を天井に向け吐き出せばぐるりと渦を巻いて消えていく。
 過去の自分との出会いと、会いたくても生きている間には叶わないはずの王との再会。こうして疑似サーヴァントとはいえ、同じ建物の中に王が存在するという喜びと共に、ハートレスとの戦いの末にマスターとして命じたあの言葉がエルメロイ二世を未だ動かせずにいた。

『退去せよ、ライダー』
 王がいつか望んでいた、受肉。本当に叶えてやりたかったのだと、そう語ったのは本心だ。けれど、あの時あの場所で、叶えられない望みでもあった。
 このカルデアに召喚された我が王が、たとえそれを憶えていなくとも、疑似サーヴァントである自分は憶えている。神として顕現した王にマスターとして命じた言葉は、ひどく胸を苛んだ。
 眉間に深く刻まれた皺は、もう癖となってしまい伸びるものではないのかもしれない。或いは、エルメロイから解放されれば胃の痛みともに眉間の皺からも解放されるのか。
 組んでいた脚を地につけ、部屋のはしにある、腰ほどまでしかないチェストの一番上の引き出しにかけた軽い魔術を解く。火をつけたばかりの煙草をチェストの上の灰皿に押し付けると、開けたそこには、エルメロイ二世が何よりも大切にしているものが変わらず鎮座していた。箱の中に、古びた布の切れ端と、征服王イスカンダルの金貨。かたや見た目は価値のない汚らしい布切れ、かたや作られたばかりの美しい金貨は、作られた時代は同じといういびつな組み合わせだ。恭しく掲げ、そっと額を寄せる。
「…………あなたに、合わせる顔がない」
 たとえ王に、エルメロイ二世――ウェイバー・ベルベットと共に駆けた記憶がないとしても。
 たとえ王に、聖墓アルビオンでの記憶がないとしても。
 特異点Fの十年前の特異点で、力の限り戦い、勝利したことに後悔はない。
 けれどあの状態でのイスカンダルは、神霊として聖墓アルビオンで座と接続される前の時系列だった。顔を合わせても冷静を装っていられたのは、たったひとつのかすがいあったからこそ。
 あの場で彼は何を思ったのだろうかと、想像しても答えは出ない。これしきのこと、なんのことでもないと笑い飛ばす姿すら容易に想像できる。しかし推測の域にすら達しないそれは、ただの妄想であり、願いだ。
 我が王を、ウェイバー・ベルベットが召喚した日のことを憶えていないのは寂しい。
 我が王に、自身の非才さ故の足掻きを認められたことは嬉しい。
 我が王に尽くし、仕え、同じ夢を見ることを許されたことは、幸福だ。
 忠臣となった己に、手を伸ばしても届くはずのない高みから『生きろ』と勅令を受けたあの瞬間は、宝物以外の何物でもない。
 だからこそ、恐ろしい。
 我が王が自身を憶えていないことがじゃない。
 非才さを認め、足掻いた故のエルメロイ二世を見られることでもない。
 命燃え尽きぬ前に、彼に近付ききる前に英霊が集うこの場へ、諸葛孔明の依り代として召喚された自分を評価されることが、恐ろしい。彼の足元にも及ばないと思い知らされる瞬間が、恐ろしい。
 まだ自分は何も成し遂げていない。あの日のまま、なんの成長もないまま軍師としてここへ来てしまった。
 そっと布切れと金貨を戻して、再び引き出しに術を掛ける。この程度の魔術など、高位の魔術師が揃うカルデアでは無意味でも、魔眼蒐集列車に乗った経緯を思えば、そうせざるを得なかった。
 十年以上の歳月をかけ、拗らせに拗らせたエルメロイ二世には、まだ王と顔を合わせる勇気がない。カルデアには多くの英霊が集い、彼が興味を惹かれる者などそれこそ数えきれないほどいる。
 顔を出さなければ、たった一人の顔を合わせたこともないキャスターなど気にも留めないだろう。だから今はこのままでいい。幸い、攻撃特化の彼の宝具に最も適しているマーリンもいるため、今のマスターならば共闘することもないだろう。
 結論付けた、その時だった。
「おお~い、軍師、いるか~?」
「わぁっ!?」
 どんどんと遠慮なく扉を叩かれ、突然の王の来訪に肩が跳ねる。声だけでわかる。聞き間違うはずがない彼の王が、何故、ここに。
 霊体化して入る様子もなく、いつまでも叩くぞとばかりのイスカンダルに先程の決意をあっさり砕かれ、ゆっくりとドアを開けた。たとえ第四次聖杯戦争の記憶があったとしても、エルメロイ二世と名乗っている今、ウェイバー・ベルベットだと気付かれる可能性も少ないだろう。
 気を取り直すため小さく咳払いをする。
「お待たせした、イスカンダル殿。急用ならば皆大抵霊体化して入ってくるのだが……ん? なんだ、それは」
「霊体化のままでは、コレを持って歩けんではないか」
 いつか、忘れもしない泣き出してしまいそうなほど懐かしいいつかに聞いた言葉を吐きながら、遠慮の二文字を知らぬ巨躯で彼は当然のように部屋に入り込む。太い腕いっぱいに抱えた菓子やら酒やらをベッドにばらまいた。
 ポテトチップスが複数とスルメイカ、日本では親しまれているらしい茎わかめ、酒は缶ビールに酎ハイ、焼酎に瓶ビール、日本酒まで揃えてあった。思わず片手で顔を覆う。
「なにを突然、いつ収集がかかるとも知れないというのに……」
「なぁにを言っとる。いつ出陣するかもわからんからこそ、今楽しまんでどうする。わかったら貴様も飲め」
 磊落な主はベッドであぐらをかき、瓶ビールを掴んだ。
「私の部屋にはグラスなどないぞ……」
「グラス? そんなもん要らんだろう」
 どうやららっぱ飲みするようだ。彼らしいと言えばらしい選択に、口角が上がるのは抑えられなかった。
「……ん? どうした、言ってみい」
「いや、あなたらしいと思っただけだ」
「貴様はそんなにも余のことを知っておったのか?」
「……あなたは憶えていないかもしれないが、1994年の冬木で、特異点が生まれただけのことですよ。既に剪定事象となった聖杯戦争で会っている、というだけのことだ」
 所謂パーティー開けと何処かの地域で呼ばれる開き方でチップスの袋を開け、ベッドに落とさないように置く。注意を払っていても、征服王が動けばそれだけベッドは揺れ、この努力は水の泡と化すのだろうが。しかしこのほうがお互い食べやすい上、丁度良い台もないため、こうするしかない。
「ほう、その聖杯戦争とやら、して、余のマスターはどんな奴だった?」
 ビール瓶を素手どころか親指ひとつで開け、酒の肴になる話題ならばと振ってきた。
「どうにもならないただの未熟者だ。技術も魔術回路も未熟だというのに己の非才を認めもしない馬鹿も大馬鹿。これで生き残れたのは幸運でしかない。そういう子供だ。マスターがあんな未熟者でなければ、あなたはもっと聖杯に近付けただろう」
 結局冬木で聖杯とされていたのは最悪の願望器でしかなかったが、幾度となく繰り返しても、過去の自分を思えば思うほど、苦虫を噛潰した気分を味わわされる。決して顔には出さないよう努めたが、こんな話はアルコールが入っていなければ出来ない。
 自身も転がった酒の中からビールを選び、プルタブを立てるとぷしゅ、と気の抜ける音がした。構わず一気に呷れば、目の前の征服王が目尻に皺を寄せて笑う。
「そう言ってくれるな。あやつはあやつで必死にやっとったわい。余は征服者である故、蹂躙し征服するのが道理。しかし面白いものよ。剪定事象とかいう聖杯戦争、余もよく憶えておるぞ。のう、先読みの魔術師よ」
「っ、憶えて、いたのか」
 マスターの事を聞かれたために、ウェイバー・ベルベットのことは記憶にないのかと思っていた。動揺で酒が気管に入り、むせてしまう。
 通常、座から喚び出される際に、前のマスターの記憶が引き継がれることはない。現在、過去、未来すべての時間軸から喚び出される英霊に、他のマスターとの記憶があればタイムパラドックスを生じかねない。その上あの特異点は、剪定されたはずの世界だ。だというのに――否、だからだろうか。人類史が焼却されるというイレギュラーに、イレギュラーが重なったからこそ、イスカンダルはその特異点を憶えているのだとしたら? この特異点が生まれたことは、マスターやマシュ、ドクターを含めスタッフは憶えている。だからこそ、『必要な情報』として記憶に書き加えられたのだとしたら。それは言葉に出来ないほどの僥倖でしかない。
「余の番狂わせはしかと楽しんだか? まぁ聞かずともわかる。血沸き肉躍る戦は、敵味方あらず、皆そういうものよ。余もそうであった。本気でぶつかり、殺し合うことの愉悦、貴様も憶えておるだろう?」
「それは、まぁ……出来れば私は前線ではなく、サポートに徹したいところだが」
「なに、エウメネスは指揮官として十分に役目を果たしたもんだ。貴様も知将として軍を率いれば役割なぞどうでもよくなる」
 豪快に笑い、早くも飲み干したビール瓶を放ると、何を思ったのか二世の額を指で弾いた。デコピンである。
「ひぃだっ!? な、にを……」
「まさか。酒ならこの通り飲んでいる」
 ただ、距離感を図りかねているだけだ。
 二世は後払いの、本来なら到底届かぬほどの栄誉をわが身に受けている。もう二度とこうして会うことはないと、割り切っていたのは事実。
 けれどあの剪定事象で他のサーヴァント達とイスカンダルを倒したということは、即ちあの冬木大橋で、彼がウェイバー・ベルベットを臣として仕えるかと問うた記憶はない。彼があの聖杯が失敗作だと気付いていても、到底願いを叶えられるような代物ではないと気付いていても、王は自分を臣下にした記憶がないことが、酷く狂おしい。
「貴様は己が成した成果を後悔するのか?」
 明日の天気を聞くかのように、チップスを数枚掴んで咀嚼する。その瞳は部屋の天井に向いていて、どこか遠くを見つめているようだった。生前彼が駆け抜けた大地を想っているのだろうか。
 後悔はない。寧ろ本来なら有り得ないはずの、師が喪われた事実すら、回避した。勿論特異点の消滅と共に、その事実も消えてなくなったのは承知の上だ。
 けれど。だけど。それでも、と思ってしまうのだ。女々しいとわかっている。日本では後悔先に立たずという、まさにその通りの故事があると聞く。だから臆病者で卑屈な自分の脳が作り出した仮定が、無意味であるとも知っている。
「あなたと戦えたことは、後悔など万に一つもない。あるものか」
「だったら貴様はなぁんでそんな沈んだ顔をしておるのだ? ん? 余に言うてみい」
「もしもあの場で……酒の席でアーチャーが倒れていなければ、もっと後にあなたはアーチャーと対峙することになっただろう」
「ああ、そうさな」
「その時……あなたはマスターと共に戦いに挑んだか?」
 天井を向いていた大きな瞳は再び二世を映し、想像もしていなかったとばかりに瞬く。
 臣下となり、彼の夢を共に見たいと願っていた。共に死んでも悔いはない。寧ろ導き手を失えば途方に暮れるしかなかったウェイバーは、共に死にたいとすら願っていた。想いを見抜いたかのように王は、時代を超え臣となるかと尋ねてくれた。或いはそれは、単なる確認でしかなかったのかもしれない。答えなど見抜いた上で、問うたのかもしれない。
「そりゃあ連れて行っただろうなぁ。余のマスターともあろう者が安全な場所に隠れて勝利を待つなど有り得ん。断じて有り得ん」
「これは剪定事象とは別の世界の話になるが……私が調べた聖杯戦争であなたのマスターは、戦いの直前に令呪をすべて使い、見送ろうと決意していた。居たところで足手まといにしかならないからだ」
「ふむ。して、その世界の余は坊主をどうした?」
「連れて行き、夢を示し、生きてあなたの在り方を後世に伝えろと、そう命じた」
 臣にしたとは、言えなかった。二世は忠実なる王のしもべである。しかしこのイスカンダルは、その世界のイスカンダルではない。二世にとってどの世界のイスカンダルであろうと主に変わりはないが、イスカンダルにとってどうかは、わからない。
「答えい、軍師よ」
「…………それ、は……」
「ああ、小さきことをうじうじと。まだぴぃぴぃ言ってた時のほうが余程潔かったわい。余は臣を導く。夢を示す。命令もする。だが臣でもなんでもない坊主にそれをする必要はない。余は坊主を臣にした。そうであろう? ウェイバー・ベルベット」
「ら、いだー……?」
 声が掠れたのは仕方のないことだろう。カルデアではエルメロイ二世としか名乗っていない。この名を知る者はいないはずだ。千里眼を持つ魔術師以外は、知るはずがない。それなのに何故、どうして。
 気付けば頬が濡れていた。滂沱し、顎に留まった雫はぽたぽたとシーツを湿らせていく。
 知っているはずがないのに。二世がウェイバー・ベルベットであると。第四次聖杯戦争でライダーを召喚したマスターが、過去の自分であるなどと。知っているはずがないのに。
「一度剣を交えればその性質がわかる。なにを隠そうが、戦の前ではすべてさらけ出される。貴様が坊主であることなど、とっくにわかっとったわい。臣下ならばまず王のもとに来い。それを余自ら臣下の元に赴いたというに、貴様はいつまでも挨拶のひとつもせんとは、どういう了見だ?」
「…………な、にも……」
「ん?」
 俯いて、彼の顔が見れなかった。どんな表情をしているかなど、怖くて見たくなかった。この依り代には諸葛孔明が降ろされているとはいえ、卑屈で臆病で非才なのは変わらないまま、ここに来てしまったから。魔術師として大成出来ぬまま、他人の力を偶然借りてここに来てしまったから。
「ボクは……っ、まだなにも成し遂げてない……っ、この力も借り物で……っ、オマエの臣下に足る成果をなにも出してないっ、合わせる顔なんて、まだ持ち合わせてない……っ」
 長い黒髪が落ちて、視界が狭くなる。だが今はそれで良かった。王の顔を見る勇気がない今は、よれたシーツを掴み、縮こまっていたかった。
 しかし王は、大きな手で二世の震える肩を掴み、もう片方の手で優しく頭を撫でる。豪快で繊細さなど欠片もなさそうな手で、子猫をあやすように柔らかく。
「覇道を拓くのに、揮う力が誰のものかなんぞ関係ないと、言ったはずなんだがなぁ」
 笑いを含んだ長い溜息が落ちる。声はあたたかく、なにもかもを包み込むようだ。ただ心地よくて、ひどく愛しくて、ひたすらに安堵する。ただびとでは為しえない大事を、それこそ蹂躙し、征服せしめるだけではない懐の広さがあるからこそ、この王に仕えると誓った。その背を追い続けるために生きると誓ったのだ。
「貴様は疑似サーヴァントなのだろう? その身体は今も生きていると見た」
「……っ、そうだ、ボクはまだ生きてる」
「なら大丈夫だ。いつか余の背に、貴様は追いつく。そうだな、ウェイバー・ベルベットよ」
「……ああ」
 涙は止まらない。しかし声は震えなかった。王はウェイバー・ベルベットの未来をも見据え、ここに君臨した。
 ウェイバーは涙を拭い、今度こそ顔を上げ自らの主を真っすぐに見つめる。
「ああ、絶対にオマエに追いついてみせるからな、ライダー!」

 それは約束であり、魂に刻み込んだ誓いであり、時空を超えた主従の絆だった。

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