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残像を孕んだ君をいだく*

初めて『彼』として私の目に映ったのは、聖杯戦争のための日本行きの金を無心しに来たときだった。ああ、宝石を自慢していたときに殴られたことや、いつも苛々しながら論文を書いていたくらいは憶えているとも。けれどそのときの彼は希望に溢れ、自分の才能を信じて疑わない、平たく言えばこの時計塔には腐るほどいる魔術師の一人でしかなかったのだ。尤も、彼の魔術刻印はたった三代しかなく、百代以上受け継がれ続けた魔術刻印を持つ魔術師がいる時計塔では赤ん坊に過ぎないのだと、ライネス先生にも酷評されていたが、同意見だった。
 しかし二週間か、一か月か、とにかくその程度の期間を開けて届いたのは、ライネス先生の訃報だった。時計塔の君主が聖杯戦争に敗北したという事実は瞬く間に広がり、しかしウェイバー・ベルベットの死は遂に私の耳には届かなかった。てっきり小物であるからその死すら『よくある話』として噂にもならなかったのだと思っていたら、驚くべきことにバビロンで再会するなんて、想像もしていなかった。
 聖杯戦争などという、本当にあるかもわからない、実際にあるとしたなら何故もっと大事になっていないのか不思議なほどの魔術師同士の戦争は、どんな結果であれ生き延びたウェイバーは必ず面白い話をひとつやふたつ持っている。だというのに彼は、面白い話などひとつも出来ないと言い出したのだ。軽く俯いたせいで伸びた黒髪が彼の頬を隠す。己の未熟さをその手で握り締め、苦しげに絞り出したその様は、今までにない雰囲気を纏わせていた。思えば、その頃から彼は未亡人――中国では夫の後を追わず生き続ける妻を『未だ亡くならざる人』という差別用語で使っていたそうだが、英国人の私にはナンセンスとしか言いようがない――のようになっていたのだ。捨てたのは童貞ではなく処女だったのならば、最初から聞いていればどう答えたのかさぞ見ものだったろう。
 担保もなく、保証もない、けれど金を貸してくれと言ったウェイバーは、最高に面白いものに映った。今後、彼は必ず私にもっと面白いものを見せてくれるに違いない。そんな確信があったからこそ、親友になるから金を貸すと決めたのだ。勿論ママの財布から出したのだけれどね。
 そんなウェイバーとの関係は今も続いている。ベルベット家の魔術刻印を我が家が預かっているからではあるけれど、それ以外にも理由が必要ならば、私は何かしらの理由をつけて彼を縛り付けるつもりだ。だって、こんなにも面白い魔術師を、私は他に知らない。面白い玩具は飽きるまで遊んでから捨てるのが普通だろう? 彼が足掻く姿を見続けられる限り、——つまり生き続ける限り捨てるつもりなんてないのだけれど。

 今日も今日とて、彼は私の屋敷に来た。理由はたったひとつ。金の無心だ。
 仮にも時計塔の君主を迎えるとなれば、屋敷ではフットマンではなく執事が相手をする。客間には複数の絵画が飾られており、頭上高くからはシャンデリアが下げられていた。金の縁取りとエンボスで過剰なまでに装飾を施された壁は、美意識よりも屋敷の格式を他者に示すためだ。なんともつまらない理由だが、こういった印象操作もまた魔術のひとつだ。
 薄いベージュのソファに彼をすすめると、覚悟を決めたかのように腰を下ろす。見届けてから正面に座った。
「ウェイバー、よく来てくれたね。それで、今日はいくら必要なんだい?」
 伝えられた額は思いのほか多く、まぁ貸しても特に問題はないのだけれど、少し意地悪をしたくなった。
「この額をすぐに貸してしまうのは、ママに叱られてしまうかもしれないね。それで私にとって、それに足りうるだけの面白いことを見せてくれると約束出来るかい?」
 ウェイバーは悔しそうに唇を噛み、膝の上で強く拳を握り締めていた。
「死ぬこと以外は……望むことはどんなことでもする」
「ふぅん、どんなことでも、ねぇ」
 ウェイバーは未亡人めいていると先にも言ったが、未亡人には不思議な色気がある。年を重ねるにつれウェイバーはその色気を増していった。
 主人を喪っても尚操を貫くあまり、自身の性欲を持て余している。そんなふうに私には見えた。それを奪うのは、とても面白いと思わないかい?
「じゃあ君を抱かせてよ」
「なっ!?」
 深い緑の瞳を見開き、生娘みたいに顔を赤く染めている。おいおい、普通なら、そこは男同士で何を言ってるんだと一笑に付すところだろう? その反応は既に抱かれた経験がある男の反応だ。
「なんでもするって言ったのは君だよ、ウェイバー? それとも嫌だと断るかい? 勿論その場合、金は貸せないことになるけれど」
 立ち上がって彼の後ろに回ると、両肩から腕をなぞるように手のひらを伝わせる。いつの間にかつけるようになっていた黒い手袋に、そっと指を差し込んだ。可愛い可愛いウェイバー。断れないと知っていて突きつけた条件なのに、忘れられない男のために操立てたい心が葛藤している。
 ぎゅっと握り締められた拳から、震えるほど強張っていた肩から、彼の覚悟と共に力が抜けた。
 深く息を吐き出し、片手で顔面を覆う。するりと抜けてしまった私の手は行き場を失うが、期待通りの答えをくれた。
「……わかった」
 絞り出した声は、既に震えていない。諦めではなく、彼が見るずっと先を見つめているために。ウェイバーは聖杯戦争以来、君主でもなく、そのもっと先。魔術の根源すら通り道でしかない、かの王の背を追いかけている。




 ベッドルームにウェイバーを誘うと、覚悟を決めたようで意外と足取りは重くなかった。心の内はどうだか知れないが、それは私の知るところではない。
 部屋に促しドアの鍵を閉めると、天蓋付きのキングサイズのベッドに座る。入口のあたりで立ち尽くすウェイバーは、私の指示を待っているようだ。
――ああ、面白い。
「何をしているんだい、ウェイバー? まずは服を脱がないと何も出来ないじゃないか。それともイスカンダルは服を着たままするのが好きだったから、それ以外の方法を知らないとでも言うのかい?」
「F**K!」
 彼にとって何よりも大切な王について口にしたのが、余程癇に障ったらしい。口汚く罵りながら、黒いジャケットを脱ぎ捨てる。白いネクタイを緩め、赤いシャツも脱げば貧弱な身体が露出した。そのまま私の目の前に歩み寄る。
 笑みが隠し切れないのは仕方がないだろう。こんな事態になってもまだ、彼は征服王への貞淑さを失わずにいようと必死になっていた。
「おいで」
 ベッドの中央に座し、彼自らがこの場に来るよう差し向ける。外し忘れていたらしい手袋がぎりりと音を立てたが、すぐに私に向かい合った。砦みたいに絞められたままのベルトをつつけば、眉間の皺をさらに深く刻まれる。
「メルヴィン、お前は脱がないのか」
「うん、そうだね……じゃあ君が脱がせてくれないかい?」
「な……っ」
 もう一度金を貸す条件を言おうとしたが、すぐに彼自身が思い出したらしい。覚束ない指先でタイを緩め、ベストやシャツのボタンが外された。貧相な身体は彼と比べても大差ないが、青白さは私のほうが勝っているだろう。
 ウェイバーの腰を抱くと、ベルトを緩めて体重をかけた。抗わない身体はそのまま押し倒される。長い黒髪が白いシーツに広がり、キスをしようと唇を寄せたら、ふいと顔を逸らされた。身体は明け渡しても心までは決して渡さないなんて、いじらしいにも程があるじゃないか。追い詰めても構わなかったが、『親友』を失うのは望むところではない。
 彼の首筋を指でなぞり、浮き出た鎖骨を齧る。舌を這わせて痕をつけると、力んだせいで吐血した。
「……おい」
 ベッドヘッドに備え付けてあるタオルで口元を拭うと、ウェイバーを濡らした赤もついでに拭って身体を起こす。それにつられて肘をつけて起きようとした。
「やめるか」
「まさか。増血剤は打っているし、こんな面白そうなこと、途中でやめるわけないじゃないか」
「死ぬぞ」
「君が、上に乗ってくれるかな」
 虚を突かれ、固まっている。けれど、
「私に拒否権はないのだろう」
「あるともさ。君が金を必要としてないというならね」
 答えなどわかっているから、彼の手袋をつまんで脱がす。
「…………」
 身体を慣れたシーツに横たえた。彼自ら動かなければ先に進めないし、進めるつもりはない。けれど進まないと欲しがるものは与えない。
 わかっているウェイバーは上に乗り、かがんで胸元に唇をつける。無意識に痕をつけないのは、王に命さえ捧げている故の必死の抵抗だろうか。
 乳首を親指で弄られているが、身体的には特に何も感じない。しかし何故彼がそうするのか――ホワイダニットは探偵じゃなくてもわかる。
 伸し掛かる魔術師の乳首を探り当てると、ひくりと身体が震えた。もうそこは開発されているのが見て取れる。
「お前から触らないんじゃなかったのか……っ」
「違うよ、ウェイバー。君が私に乗るというだけで、君のここに私を挿れるという事実は変わらない。そもそも私から触らないなんて言った記憶はないけれど?」
 ここ、とわざとスラックス越しに尻の間に指を押し込めば、面白いほど背筋を反らせた。この身体は征服王が触れた隅々を快感として受け止めている。記憶など薄れゆくものなのに、忠臣として身を捧げたが故に、かの征服王を思わせる一挙手一投足に反応するのだ。
「私も君も産まれたままになろうじゃないか」
 黙ったままベルトを外して肌を曝け出し、確認せずともスラックスも下着も脱がせてくれる。腰を浮かせれば、足元にスラックスが丸まって留まった。私から動く気はないとはいえ、これは少しばかり間抜けじゃないか?
 既に反応し始めている私の股間を見て、眉間の皺が少し深くなった。
「うん? 舐めてくれるのかい? 君がそうしてくれるというのなら喜んで受け……」
「するか!」
「そう、それは残念」
 言い切る前に断られてしまったが、想定の範囲内だ。私は欲に常に正直であるし、性欲に関して言えば金で買えなかったことは一度もない。必要であれば二、三人の女性をすぐにでも調達できるし、男を試したこともあった。舐めてくれと強請れば大抵の場合断られなかったし、躊躇が見えれば金を水増しすればいいだけだ。
 だから今ここでウェイバーを抱く理由はひとつもない。それでも抱きたいのは、彼の心だけは絶対に買えないことがわかっているからだ。ウェイバーは既に、命すらかの王に捧げてしまっている。
 金で身体を繋げるだけの関係は虚しいと言った、誰かの言葉を不意に思い出した。他者に対してそんな想いを抱くのは、愚か者だと鼻で笑ったことも憶えている。魔術師として生きてきたのなら、もっとだ。今の私は、愚か者なのだろうか。
 舐めてくれることも条件に入れればウェイバーはそうしたのかもしれないし、後付けで伝えても良かった。けれど私が欲しいのは、多分そういうものじゃない。
「ねぇウェイバー?」
 必死で興奮させようと努力してくれているのは認めようとも。けれど君みたいに胸を開発されていない私には、それで下半身に繋がる快感は得られないんだよ。
 囁いてやれば、真っ赤な顔を上げている。肉付きのよくない尻を掴み、今度は直接奥の窄まりに触れた。
「ここをほぐしてごらん? 君はそれが一番感じるのだろう? 大丈夫、見ていてあげるから」
「ふ……っ、ざけるな……っ、どうして私がそんなことを……」
「だけど私のものをここに挿れるのは変わらないよ? ほぐす必要がないほど君が慣れている、というのならやぶさかではないけど、一方的なのは面白くないからね」
 唇が切れてしまいそうなほど噛みしめている。翡翠の瞳に睨みつけられても、全裸で重なり合った状態では全く気迫がない。
「しょうがないな、特別に手伝ってあげよう。ほら、もっとこっちに座って」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
 胸のあたりに座らせて彼の指を掴み、一緒に後孔へ差し入れる。思いのほかすんなり受け入れられ、熱はまだ持っていないものの、彼は普段からここを使っているのだろう。指だけなのか、アダルトグッズを使っているのかは定かではないが。
 第一関節まで入った指のせいで、ウェイバーがうずくまり頬に黒髪が触れる。
「大丈夫だよ、優しくしてあげるからね」
「うる……さい……っぁ、く」
 わざと動かして、もっと奥を拓いていく。忌々しいことに既に開拓されているそこは、容易に私と彼の人差し指二本を受け入れた。普通ならば違和感や苦痛にしかなりえない刺激さえ、この身体は快楽として享受する。可愛いウェイバー。可哀想なウェイバー。心から王の臣たらんとしているのに、その道のりには私に身体を許すという避けられない選択肢が存在している。選択肢から目を背ければ、イスカンダルの臣下としての道は閉ざされ、身体を許せば不貞となる。わかっていながら身体を許すのは、それでも征服王と肩を並べられる人物になりたいという純粋なる忠義であった。
 疎かになっていた指の動きを、内壁を探り押し付けながら、彼が一番弱い場所を探していく。その行為でさえウェイバーが忘れていた熱を呼び覚ますものでしかなく、尻に右手の人差し指を中途半端に挿れたまま、左手でシーツを握り締めていた。荒くなっていく吐息と、殺しきれなかった喘ぎが耳元で聞こえる。ここまでくると、わざと煽ってるんじゃないかと思えるくらい、今の彼は扇情的だった。
 思春期を過ぎてから買った女の誰よりも美しく、王の臣下に相応しい自分で在ろうとしている。実はこんなこともあろうかと、彼が来る前に枕元に用意していたローションを取り出した。指を一度引き抜き、冷たいそれを絡めると再び挿入する。
「ひっ、ぁ……っ、つめたい……っ」
「ああ、ごめんね、ウェイバー。だけど君は自分で濡れないから、こうするしかないんだ」
 冷たいまま使ったのはわざとだ。もう彼の中は熱を持っていて、次なる刺激を待っている。けれどそのままでは面白くないから、ウェイバーを抱いているのは『私』だと刻み付けたい。
 丁寧にほぐしていくと、ある一点でウェイバーの反応が強くなった。
「っあ! ……っふ、く……」
「うん? ここがいいのかい?」
「違う! だから、や、め……っ、あ!」
 執拗にそこを指先で突き、ローションを足していると、女の蜜壺のようにひくひくと雄を誘い始めた。
「嘘はいけないね、ウェイバー? 私たちは親友じゃないか。親友に隠し事なんて無しだろう?」
「お前は……っ、親友とこんなことをするのか……っ」
「今まさにしているじゃないか。だけどね、私の親友は君だけさ。だから君は、もし他に親友がいたとしても、私以外とこんなことをしてはいけないよ」
 言いながら中指も添えて弱点を突いてやると、肉壁は喜んで絡みつき、もっと欲しいと強請る。身体は正直とは、このことを言うのだろう。
「ふ……っ、ぅあ……っ、あ、あ、そこ、ぁ、いやだ……っ」
「いやじゃない、いいって言ってごらん」
「ぅ……っ、ぁ、あ……っ」
 長い髪を振り乱し、首を横に振っている。あくまで金のために仕方なく、というスタンスでいたいらしい。死んだ人間にそこまで忠誠を誓えるなんて、随分と惚れ込んでいる。この忠誠が今のウェイバーをウェイバーたらしめるものだとわかっているが、少しばかり嫉妬してしまう。だってかの王はたった二週間程度しか一緒にいなかったのに、私たちは十年以上親友でいるんだよ。それなのにこの十年さえ、ウェイバーが求める場所に辿り着いたとき、かの王に略奪されてしまう。寧ろウェイバーは略奪されることを望んでいる。そう考えるといいようもない感情に支配され、彼の柔らかな肉を指でわざと強く抉った。
「っあ! ……あ……っう、あ、あ!」
 内壁が収縮し、絞るように指を締め付けられる。中だけで達したのだろう。それでも動きを止めなければ、敏感なまま感じ続けていた。
 いつの間にか抜けていたウェイバーの片手は、彼の黒髪と私の顔を挟んだ反対側のシーツを握り締めていた。
「あ、あ、っう、あ! ら、いだぁ……」
 つきり、と心臓が小さく疼く。今までにない痛みに不審を覚えたが、それよりも十代の頃のように喘ぐ魔術師を追い詰める方が先だ。前立腺ばかりを攻めるのをやめ、奥を拓いていく。ぬめった内壁を指の腹で撫で、弱い場所に近付いては離れて様子を伺う。
 その度彼の肉は物欲しげにうごめき、強い快楽を求めていた。わざと前立腺を避けていたら、無意識に腰を振って私の指を求め始める。その姿はひどく愛らしい。指の腹で何度か前立腺を擦る。
 再び極めようとしている頃合を見計らって、指を抜いた。見え始めていた頂点に登れなかった疼きと、快楽に染まった脳がどうしてと黒髪越しに見つめてくる。
「ウェイバー、私はライダーではないよ」
 聖杯戦争ではクラス名で呼ぶのだったか。だから今だけは私のものにしたくて、間違いを指摘する。今この身体を抱いているのはメルヴィン・ウェインズだと。
 カーテンみたいに彼の顔を隠していた黒髪を避ければ、頬は赤く上気し、涙で瞳を潤ませている。生徒の前では常に冷静さを失わず、慕われている講師の淫らな姿は、この瞬間だけは私だけのものだ。
「どうやら君ばかり気持ちよくなってるね」
「────っ」
「ああ、別に責めるつもりはないんだよ。私も君の痴態を見て、随分と愉しませてもらったからね。だけどそろそろ、準備は出来ただろう?」
 身体を起こさせると、想像はついていたが射精した形跡はない。一度は中だけで達したというのに。
「ウェイバー、さっき君ひとりでいってたよね? ドライでいっちゃった?」
 さっと頬に更に赤が差した。こんなにもわかりやすくて、よく時計塔で君主なんてやっていられるね。それともこっちの方面は隠せないだけなのだろうか。
「じゃあもっと気持ちよくなろうか。私も一緒に」
 わかるだろう? と笑えば、もう抵抗の二文字さえ目の前の快楽に塗り潰されているらしい。腹の上に手をつくと腰を浮かせ、彼の痴態で十分に立ち上がったものの先端に、最早性器となった場所を押し当てる。内蔵までは回らなかったが表面的な強化の魔術が功を奏したらしい。今度は吐血せずに済んだ。
一瞬の躊躇いのあと、先端が求めて止まなかった場所に入り込む。
 そこで動きを止めたかと心配したが、再び腰を沈めていった。ほんの少しずつではあるが肉を掻き分けながら奥へと進めていく。ある程度埋めきったら、縋るような瞳でこちらを見つめてきた。
「私はこの通り激しく動けば血を吐いてしまうからね。特別に君が気持ちいいように、好きに動かさせてあげよう」
「…………っ」
 予想していたのか、緩慢に腰を上下させ始めるが、正直なところ緩慢すぎて大した刺激にならない。しかし彼には十分らしく、垂れた汗がぽたりと落ちてきた。息は荒く、段々激しくなっていくが、頑固なまでに前立腺を避けていることくらい、誰にでもわかる。
「気持ちいいように動いて、って言ったはずなんだけどねぇ」
「ふっ……あ……?」
 蕩けた顔は言葉を理解できなかったのか、まるでそれしか知らないかのように動きを止めない。深い場所だけで抜き差しを繰り返されたところで、大した刺激にはならないだろうに。
 一度彼の腰を抜けそうなところまで持ち上げると、前立腺を狙って思い切り貫いた。
「あ!…あぁ、あ、っく、は、ぅ……っ」
 先走りばかり滴らせていた彼のものからは、一度も触れていないのに今度こそ緩やかに吐精した。同時に内壁は蠕動し、生理的な涙で濡れた頬は美しい。
「またいっちゃったのかい? しょうがない子だね。私はまだ達していないのに」
 何度も抜き差ししているが、もう彼の足には力が入っていない。全身の魔術回路に巡らせていた強化を、体重を預けられている二点にのみ集中させた。これで暫くは耐えられるだろう。
 こつ、と、先端がウェイバーの最奥にぶつかる。理性を失い始めた男は、快楽に恭順だ。何度か突いていたら、一箇所だけ窪んでいるのに気付いた。腰を浮かせて狙ったら、狭いが柔らかく、吸い付くようだ。
「——っそこ、はっ、だめだっ」
 ウェイバーの大事な王にも征服されていない場所、と思えばとても面白い。細い腕はどうにか身体を支えているだけだ。
 まだどんな刺激かはわからないながら、大きすぎるであろう未知に震えている。
「ねぇウェイバー。私のものはまだ入り切っていないし、君の中にはまだ余裕がある。そうだね?」
「そんなものはない!」
「言っただろう?」
 嘘はいけない、と。伸ばした手で濡れた頬を撫で、肩を伝って腰までなぞると震える手に自分のそれを重ねる。意図を正確に読み取った男はどうにか逃れようとするが、既に力の入らない足では意味がない。
 誰にも見せていない姿を見せておくれ。
 その腕を掬い上げると、自身の重さで深くまで潜り込む。誰も入ったことのない場所が亀頭を包み込み、入った窪みから外れないよう腰を押さえていたが、崩れ落ちたウェイバーは未知の快楽に動けないらしい。荒い息を殺しながら、脳髄まで巡る感覚をどうにか馴染ませようと必死だ。本能のまま中を締め付ければ、更なる快楽に陥ることになる。それは意図するところではないのだろう。離した手を震わせながら再び元の位置に戻し、ぽろぽろと涙を惜しげもなく腹に落としていく。といっても汗みずくになっている今、それが涙なのか汗なのか判断がつかないが。
 仕方なくその背を撫で、落ち着くまで待ってやった。
「……そろそろ動けるかい?」
「は、ぁ……ぃぁ、ぁ、ぅ……む、り、だ……」
 これ以上深くは入らないとわかっているからこそ、脱力して身を委ねているのだろうが、この私を前にして無防備に過ぎる。
「ウェイバー」
 ああ多分、私は私が思っている以上にこの男に好意を抱いているのだろう。命をかけて過去の英雄を追う姿は、言葉では説明がつかないほど惹きつけてやまない。恋や愛では片付けられない執着があるのだと、今自覚した。
 細腰を両手で掴み、意識が朦朧としていると知っていてわざと揺らす。
「っな……っ、ぁ、あ、あ、ゃ、ゃ、め、っあ、あ」
 首を横に振るせいで、汗で湿った黒髪がばさばさと揺れる。悦に浸る表情が何度も隠れてしまい、事前に縛っておくべきだったと後悔した。しかし下半身に血流が集中しているお陰か、今のところ吐血せずに済んでいる。これは面白い発見だ。ウェイバーが相手だと、こんなにも反応するのか。
「ウェイバー、ほら、私の名前を呼んでごらん」
「っあ、ぅ、ぁ、あ、あ、も、…っもう、ぃ、あ」
 前後不覚に陥っているせいで、既に言葉を失った動物になっていた。名前を呼んで欲しかったけれど、その望みはまた今度とすることにしよう。
限界を訴えた彼の最奥から一度抜いて、前立腺を強く擦りながら再び押し込む。強すぎた刺激にウェイバーは身を守るようにうずくまり、穿った楔を締め付ける。こちらの精をいざなう蠢きに耐えきれず、彼の中に放った。



 こんなにも満ち足りたセックスは初めてだ。
 体液で濡れたシーツの上に二人で横になりながら、天蓋を見つめる。今まで経験してきたどの相手よりも心地よく、精を吐き出すためだけの行為ですらない。
 相手のことしか考えられず、彼にも自分のことしか考えて欲しくない。そんな願望が自分にあるとは思っていなかった。頭から沸騰して血液がすべて下半身に集まり、吐血する暇もないなんて、笑い話にもほどがある。
「……ん、ぅ……」
 先程達してから意識を失っているウェイバーが、眉間の皺を深くする。寝苦しいのだろうか。
 長い睫毛が震え、深い緑の瞳がうつろにさまよい、やがて私に焦点を定める。誰よりも近くでいつまでも見つめていたかったのだが、近すぎたらしい。驚きに見開かれた瞳に、私の顔が映っている。
「おはよう、ウェイバー」
「メルヴィン!? お前なん……で……っ」
 言いながらつい三十分前までの出来事を思い出したらしい。耳まで赤く染まり、口元を押さえている。涙が零れそうなほど目を潤ませたが、ひとつの瞬きでそれはすぐに凪いだ。
 身体が軋むのかいつもよりゆったりとした動作でベッドから降り、一歩進んだが、何故かそこで膝をついた。
「おや、どうかしたかい?」
「メルヴィン……っ」
 歯ぎしりしながら鋭い眼差しで振り向かれ、何か怒られることをしただろうかと考える。そこで目の前の魔術師の目の端が赤いことに気付いて、その背から腰、尻へと視線を下ろせば答えは明白だった。
 彼の中に放ったものが滴り落ちている。
「ああ、ごめんね、ウェイバー。私ともあろう者が、事後処理をしていなかった。今までそんなものしたことがなかったから、すっかり忘れていたよ」
「SHIT! お前はもう黙れ! 口を開くな!」
「残念だけどそれは出来ないなぁ。どっちにしろ血を吐くときに口は開いてしまうものだしね」
「そういうことを言いたいんじゃない!」
 放り投げてあった彼のジャケットを投げつけられ、大した威力もなく顔にぶつかる。というよりも、頭頂部から掛けられた、くらいのものだった。
「どうして? 君が体調を崩すのは私としても本望じゃない。次からはこの私の手できちんと処理もしてあげよう。勿論今もそれを望むなら、一緒にシャワールームに行くかい?」
「不要だ!」
 ばっさりと切り捨てられてしまったが、違和感を覚え視線をさまよわせる。
「……待てメルヴィン。次からは……?」
「そうとも。次からは、君が望むならコンドームをつけてもいいし、つけなければ処理を手伝うさ」
 頭痛がするのか片手で顔を覆ってしまった。話が進まないのでベッドから降りて近寄ると、払われてしまう。
「まさか君、たった一度のセックスで、この借金の担保になるとでも思っていたのかい?」
 思っていたのだろうな、とわかっていて確認する私は相当の人でなしなんだろう。私自身、同じ相手と何度でも寝たいと執着したことがなかったから、一度興味本位で抱いてみただけだ。しかし、手放すには惜しいくらいに、彼の具合は良かった。
「いいじゃないか。君だって他の男に抱かれたことくらいあるんだろう?」
「そんなものはない!」
 今度は私のほうが驚く番だった。あの感じかたはどう考えても経験済みのはずだし、初めてであそこまで乱れられるなら一種の才能でしかない。
「え、だって君、イスカンダルに抱かれていたんじゃないの?」
「ふっざけるな! あの人はそういう人じゃない! というかお前があの人の名を軽々しく口にするな!」
「でも指くらいは挿れたことあっただろう?」
「————っ、あ……、あの時は……っ、魔力供給が必要で……っ、でもあまりにつらくて、最後まで出来なかったから……っ」
 徐々に小声になっていくウェイバーがひどく可愛くて、湧き上がる衝動を抑えきれずに抱き締めてしまう。処女に興味はなかったけれど、今初めてウェイバーがそうであったことが嬉しい。
 正面に回り、彼の両肩に手をやりながら、少し乾いた髪に口付けた。
 目を合わせようとはまだしてくれないが、次回のためにしっかりと宣言する。
「約束するよ。次は絶対に、今日よりもっと優しくすることを」
 にっこり笑うが、喜びすぎたせいだろうか。食道を通って慣れた熱いものがせりあがってくる。
「次があることは確定なのか……って、突然吐くなっ」
 お互い裸だったお陰で、服は汚れなかったのだから、よしとしようじゃないか。

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