橘の名を持つ蛍が大嫌いだ。紫音様が与えてくれた名前を奪い、漆黒様に家族として扱われる、墓である俺とは正反対の蛍。 漆黒様から大切なものを、もう奪いたくなくて。だが一番は、生きていて欲しくて。 真っ直ぐな橘の光は眩しくて、たとえこの命と引換えにしても、輝き続けて欲しかった。
陽継と名乗った蛍が、気になって仕方がない。 負けず嫌いなくせに、すかした顔をする所も、俺より背が高いのも、料理が旨いのも、剣の腕が立つのも、全部気に食わないから、いつか隣に並びたかった。 喧嘩の時も、助けてもらうばかりじゃなく、俺は俺のまま、お前を助けてやりたかったんだ。
灰羽に背負われながら、重い頭を動かして空を見上げた。青く、青く、透き通るような色。 きっとあの空には、手を伸ばしても届かない。 柩に会ったら伝えたいことがある。あの蛍は何よりも俺を優先にしようとする節があった。ずっとそれに甘えていたけれど、本当は肩を並べたかったのだ。 それがとても難しいことだとしても。だがもう、永遠に叶わないとわかってしまったから。 「灰羽、伝えて欲しいことがあるんだ」 なかったことにはしたくない。ただそれだけを伝えたくて、光を届けたかった。 家族と過ごした記憶も、灰羽やネムと会った記憶も、俺が俺であるための大切な要素だから。 柩の還る場所が、灯屋であって欲しい。 そんな願いを込めた一言を、あの蛍へ向けて。 さよならではなく、あの言葉を伝えたかったのだ。

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