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眠っていた寝台がゆっくりと沈んで、ぎしりと音を立てて軋む。環境の変化に深い眠りから微睡みへと変わり、重たい目蓋を持ち上げると一人の男の輪郭が月明かりに見えた。
窓の外はまだ陽が落ちたままで、朝が来る気配はない。
この日、田崎以外の訓練生は皆街に出ていて、寝室には他の誰もいない。大方ジゴロの指導を活用し、今頃口説き落とした女と宜しくやっているのだろう。単純に今日は気分が乗らなかっただけだが、誘いを断るときほんの一瞬だけ神永が眉を顰めたのを見逃さなかった。あのまま朝まで帰ってこないかと思っていたが、戻ってきたらしい。いつもと同じように。
途中で放り出して来たのか、それとも一戦交えたあとにベッドを抜け出してきたのか。早々に男に放られた女が哀れだが、神永のことだから、そこはうまくやっているはずだ。
他に戻っていたらどうするんだと考えかけたが、この男は他者がいたからといって抑えるような可愛い性質をしていない気もする。
陰が大きくなるにつれて女がつける、甘い香水の匂いが強くなった。体格も大して変わらぬ男は強い煙草の匂いと混じった香りを抱きながら、片脚をベッドに乗せている。寝台が沈んだのはどうやらそのせいらしい。
背を向け、話すことはないと意思表示をする。ここのところ毎日のように神永とは身体を重ねていた。表には出さないが、正直疲れているのだ。
「どっち見てんだよ」
普段とは違い低い声が部屋に響く。今日は一段と機嫌が悪いようだ。無理矢理うつ伏せにされて、唇を噛む。
無遠慮に乗ってきた男が首筋に顔を埋め、歯が掠めて身をすくめた。
「香水くさいぞ」
「なに? ヤキモチでも妬いてくれてんの?」
「馬鹿か」
嫉妬なんてしない。神永はどんな女にも、勿論男にも本気にはならない。本気にならない相手を見つけ、万一本気になられた場合は冷たく突き放す。
それがわかっていて嫉妬する者がいるのなら、お目にかかりたいくらいだ。
「昨日しただろ」
「俺はさっきもしてきた。他の女とだけど」
「じゃあもう十分じゃないのか」
「冗談」
喉の奥を鳴らすように笑って、耳たぶに噛み付いてくる。猫や犬がじゃれるような気軽さで始められるそれは、犬猫のように軽いものではないと身をもって知っていた。
「足りねぇよ」
仕方なしに神永のほうを向き、抱きついてくる身体を押し戻す。目を合わせたら神永の瞳の奥が、女で発散してきたはずなのに既に燃えていた。
飼い犬に待てを教える主人のように、キスを仕掛けてきた口唇に人差し指を当てる。仄かな笑みを浮かべて返したそれで、寸前のところで止めた。
「言ったろ、最近眠いって。寝かせてくれ」
「田崎」
短く硬い声が拒否の言葉を遮る。有無を言わさないそれに飲み込まされ、唇にあてていた手も退かされてしまった。
こんな時の神永はずるい。真っ直ぐな瞳を逸らすこともなく、拒めない一言を告げるのだから。
「欲しい」
「あ………!」
いつだって折れることになるのは田崎のほうだ。
深くまで挿入されたものを締め付けてしまうと、後ろから覆いかぶさった男が小さく呻く。腰を両手で掴まれて好き勝手に動かされる中、時折いいところに掠めていくのがもどかしい。
焦るように適当に解されただけのそこに、強くその存在を知らしめられた。
シーツを握り締め、枕に顔を埋めて声を殺すが、容赦ない動きは殆ど無意味にしていく。
中途半端に脱がされた寝間着が、汗で肌に張り付いて気持ちが悪い。神永もジャケットとベストは脱いでいるが、シャツは着たままだ。脱ぐ暇も惜しいとばかりに求められ、衣擦れの音と、粘着質な水音と、荒い二人分の息遣いが耳につく。
「っふ、……ぅ、は」
抜き差しを繰り返されるうち、もう何度もされた行為の中で見つけられていた前立腺を突かれた。びくりと腰が跳ね、強い快感を得た身体は熱を上げていく。
一度女で発散したと言った男は、本当にそうしたのかと疑うほど激しく求めてきた。
「……っ、……!」
身体が熱くて仕方ない。毎夜のように繋がっているというのに終わりの見えない時間に、唇を噛み締める。
濡れた髪を振って、もう止めてくれと示すが意味を為さない。後ろから伸びてきた手がそっと髪を撫ぜたかと思ったら、首筋を指が伝った。
「イイんだろ」
「……は、誰が……っ、ン、ぁ!」
ぱたぱたと背中に落ちてきた水滴は、きっと神永の汗だ。見なくてもわかる背後の男の表情は、まるで興奮しきった肉食獣。舌なめずりをして、捕らえた獲物を逃すまいとする。
腰だけを高く上げ、屈辱的な格好をさせられているというのに与えられる快楽には逆らえない。シーツの上で立てた膝がずるりと滑ったが、支えられていたせいで崩れ落ちることも許されなかった。
「ほら、田崎。ちゃんと膝立てて」
「――――ッ」
甘えた声でとんでもないことをのたまう男に、ふざけるなと言ってしまえたら良かった。それでも腰を支えていた片手が前に周り、勃ち上がった自身を徐に掴まれてびくりと震える。言われた通りにしか出来ない状況が悔しい。
後孔を締め付けると背後で息を呑んでいた。
「ァ………やめ、さわるな」
触られたらすぐにでもいってしまいそうで、上下に動かす手を止めたくても揺さぶられて出来ない。
前と後ろ両方から与えられる悦楽に浸り、目の前が生理的な涙でぼやけていく。
「ぃ、ァ……だめだ、いく、から……っ」
「いいよ、いけよ」
ぐちゃぐちゃと音を立てて擦られ、かぶりを振っても逃げ場はない。
何度も前立腺を突かれ、前は先端に爪を立てられる。あまりの刺激に白く濁った欲を吐き出していた。
「も、……ぁ……あぁっ……!」
昨晩もこうして身体を重ねたこともあって薄いが、神永には関係ない。
達したばかりで敏感になっている上、蠕動する内部に逆らうように擦られ、意思に反して熱が上がっていく。頂点から降りられず、更なる高みを目指そうとする辛さに、勘弁してくれ、と半分だけ振り返った。
「か、みなが……っ、ァ……ま、まだ、待ってくれ……っ」
「だーめ。まだ俺はいってねぇもん」
しかし残酷な一言で却下され、乱れた息遣いは続く。動かすたびに聞こえる濡れた音は耳を犯した。
今夜一度女を抱いたというのは嘘ではないらしいが、この時間を長引かせるだけのことだ。ベッドのスプリングがぎしぎしと悲鳴を上げて、行為の激しさを表していた。
ふわり、と、汗の匂いが強くなる。沸騰した頭でようやく視線をやれば、肩口に顔を埋めていた。
最奥を穿たれ背を弓なりに反らすと、べろりと舐められる。そのまま、痕がつくのではないかと思うほどの力で噛み付かれた。
痛みさえも快楽に塗りつぶされそうになりながら、二度目の絶頂まで追い上げられていく。前立腺を強く抉られて、とうとう達した。
「ぁ……!」
「は……っ」
締め付けに神永も欲を吐き出して、背中で力を失う。
部屋には二つの乱れた息が満ちて、解放されたことへの安堵に大きくため息を吐くと、耳を噛まれた。
「なんなんだ、一体」
顔を見てみると、すっかり機嫌は直ったらしい。いつもの笑みを浮かべながら、噛み付いた場所を指でなぞっている。本当に歯型がついているようだ。
「なぁ、抜いてくれ。もういいだろ」
「もう一回付き合えよ」
いいだろ? と、言っている間に中に入っていた神永のものが大きくなっていく。
冗談じゃない。二日連続で身体を重ねるだけで疲れるのに、その上もう一度なんて。
何より今の様子を見てみる限りあと一度では終わらない気配がする。無理と言うのはプライドが許さないが、今の状況に適した言葉は一つしかない。
「だめだ、神永。もう離してくれ」
「田崎、…………嫌か?」
途端に眉を下げ、本当に年上なのかと問いたくなる表情をされる。その顔に弱いとわかっていてやってるのかと疑いたくなるほど落ち込まれて、強く拒むことを妨げた。
「嫌じゃ、ない、けど……」
「なら、いいんだな」
言うが早いか、ずん、と再び奥を突かれ、敏感なままの中がその刺激に勝手に反応する。
「―――ァ」
結局、空が白み始めるまでそれは続けられた。
意識を失うように眠っていたらしく、ふと目を覚ますと、隣のベッドで気持ち良さそうに寝ている神永の顔が見えた。事後処理は全て終えており、何もかもが綺麗に拭き取られ、肌蹴られていた寝間着もきちんと着ている。
女を抱いたあと、機嫌悪く自分のもとへ来ることはいつもの通りだった。帰巣本能のある犬のようで笑えてくるが、あの男が無意識に比較している女と自分では具合が違うらしい。
何処へ行っても必ず戻ってくる、と口角を上げてしまい、僅かな喜びを得ていることに気付いた。
決して好きだとは言ってやらない。先に言われれば受け入れてやらなくもないけれど。
最初から最後まで、ゲームと同じだ。スパイごっこに興じるように、恋愛ごっこを楽しむだけ。恋愛は先に惚れたほうが負けだ。神永も同じ考えだろう。
自分以外にあんな試験をクリア出来る者がいるとは思わず、最終的に残った八人のうちの一人は、結局は何処かが似ているのかもしれない。
互いに本気になどなりはせず、自身で考えた上で取捨選択をしていく。それを狂わす恋情なんて、邪魔なだけだ。
流石に今日は求めてきたりはしないはずだ。
果敢ない期待であることは承知の上だが、今は少しでも長く眠りたい。
起床時間にはまだ少しある。それまでの間だけでよかった。
満足げな神永が憎たらしくて、手を伸ばして鼻を摘んでやれば眉を寄せている。それは昨夜の獣のような男と同一人物とは思えないほどの穏やかさを持っていた。
起きないうちに離して背を向け、ゆっくりと息を吐き出して、再び微睡みへといざなわれていく。
重くなっていく目蓋に逆らうことはせずに、あと数十分だけの眠りに就くことにした。
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