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スヴィン・グラシュエートの場合

 スヴィンが師事するロード・エルメロイ二世という講師は、時折酷く不安定な匂いをその身に纏う。
 時計塔に君臨する君主は大抵の場合、煮詰めたトラックの排気ガスを掛けられた獣の匂いが混じっている。君主同士のつまらない腹の探り合いもあるのだろうが、多くは自身の魔術師としてのプライドの高さを物語っている。しかし、ロード・エルメロイ二世の場合は違う。
 先に断っておくが、スヴィンは先生を心の底から尊敬している。獣性魔術を操ってはいるが、半ば運良く獣に呑み込まれなかっただけで、同時にいつ呑み込まれても可笑しくないと自覚している。
故に全力で魔術を行使する姿を見た者で、彼を一度でも恐れなかった者はいない。家族や、勿論ロード・エルメロイ二世もその中に入る。獣性魔術としての特性を伸ばすことで身の危険を感じ、様々な科をたらい回しにされた挙句現代魔術科へと引き取られたのは、何もフラットに限った話ではないのだ。
 そして先生に出会わなければグレイに出会うこともなかった。人であり、人でない者を識る者。狭間の世界に身を置く女性。
 彼らに出会わなければ、人としての生を諦めていたかもしれない。そしてそれは、自身に宿す獣性がこの身を完全に支配し、単なる獣へと変貌することを示す。
 だから、ロード・エルメロイ二世を心の底から尊敬しているのは確固としていて、今から語るのは単なる事実である。
 まず、彼からは他の講師と違い、煮詰めた排気ガスの匂いがしない。妙に高いプライドがないことと、彼自身が生まれ持つ気の毒な魔術回路のせいもあるのかもしれないが、平然と生徒を頼る。本当のことを言うと、そういう時は煮詰めすぎて甘ったるくなったバナナの匂いがするから、導きながらも自分では手の届かない場所にあるものに届く才能を持つ者への嫉妬もしているようなので、平然と、ではないのだろう。
 時計塔という学びの場ではわかりやすすぎるほどわかりやすい教鞭をとっているが、課外授業の場合は違う。自身では補えない魔術を行使することなく、適した生徒を呼び出し実行させるのだ。ただしこれは、彼が恐ろしく広く深く培ってきた知識があるからこそ成功する芸当である。
 様々な術式を知った者は、探求者たる故に、自身で試したくなるものだ。しかし、彼はそうしない。自分が持っている魔術回路や魔力を正確に把握し、過大評価しないからこそ、己の武を弁えている。こういった人間は稀であり、軍師としての才覚に近いのかもしれない。そういう人間には従うべきであると本能が告げていた。
 何より、彼はいつも苛々しているようで、実際苛々しているが、他人を拒絶するような刺々しい匂いはしない。時折潮風の匂いがするから、何処か遠くを思い煩っているのだろう。それが彼の還るべき場所なのか、目指すべき場所なのか、そこまではわからないし、わかろうとも思っていない。心の奥深くにしまってある宝石箱を開ける権利など、持ってはいないのだから。
 だから無遠慮にその宝石箱に無意識に手を伸ばすフラット・エスカルドスは、監視すべき対象なのだ。
 彼の大切な聖域を、守るためにも。


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