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あわよくば君の未来にも

 薄れゆく意識の中でメルヴィンが重たい目蓋をどうにか開けると、ベッド脇のイスに腰かけたウェイバーが、いつもより多く眉間に皺を刻んでいた。口元はかたく閉ざされ、次に紡ぐ言葉すら見つからずに途方に暮れる少年のようでもある。

――嗚呼。自分の最期のときに、彼が居てくれるなんて、どれだけ幸せなことだろう。

 魔術刻印を受け継ぐためには身体が追い付かないと知った時から、人より短い生涯だと覚悟はしていた。
 人より脆い身体だと覚悟はしていた。
 人より不自由な人生を送るとわかっていた。
 だからこそ毎日を面白おかしく過ごし、彼を困らせてきた。
 君に会えて幸せだったと伝えようとして、吐血の体力すらない己の喉に通されたチューブが邪魔で、声にならない。
 呼吸も満足に出来ず、吐血すらままならない状態で、彼に何を伝えられるだろうか。考えて、結局、ひとつしか思い浮かばなかった。

 魔術師らしくない魔術師。人の命をひとつの命として扱う、一般人に似た価値観を持つ魔術師の頬を、思い通りに動かない手でどうにか包み込む。君はきっと、他の誰かが喪われたときも、涙すのだろう。それならば、どうか、と。
 ない力を振り絞り繋げた念話のパスで、どうにか一言だけを伝えた。

『泣かないでくれ』

 このホワイダニットは、ウェイバー自身が解体することで、ようやく意味を持つだろう。
『誰のものにもならないでくれ』と、伝えられれば良かった。けれど彼の人生を変えた、第四次聖杯戦争で出会った人や物事が、そうはさせてくれないだろう。それならば。今のメルヴィン・ウェインズが出来るのはたったひとつ。
 魔術刻印の調律ではほぼ右に出る者はいないとされた、たった一つの生きる意味さえ失い、弱った人間を容易に見捨てられるほど彼は魔術師らしくなかった。
 念話を受け取ったウェイバーは涙の膜が出来ていた瞳を大きく開け、それでも願いを聞き届けようとしてくれている。
 あいしてるじゃ足りなくて、何度も想いを伝えずに身体を繋げてきた。自身でも、決して誇れる生ではなかったと他の誰よりも把握している。だから、どうか。その他大勢にならないように、君に傷をつけていく。痛みを涙なんかで流されないように、蝕む枷になる。

『馬鹿か、お前は』

 視界が闇に染められながら聴こえた声が彼のものであったなら、メルヴィン・ウェインズの人生は幸せだったと、心から言えるだろう。



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