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真っ白な部屋。机もなく、窓もない。しかし白いダブルベッドがひとつ、何故か部屋の中央に鎮座していた。視界にも入れたくなかったが、ある行為をする際に用いるものが入っているであろう細長い箱も、ベッドに置いてある。
部屋の辺と辺はほぼ等しいことから、正方形の部屋である。天井までの距離も同じようだから、部屋と呼ぶよりも、箱のようだが、先程までは扉があったため部屋で間違いはないのだろう。胃が痛いことにメルヴィンと共に自分たちが入ってきたはずの扉すら、閉まった瞬間まぼろしのように消えた。
わざわざ時計塔まで二世を訪ねてきたメルヴィンと廊下で鉢合わせし、共に、執務室に入った。扉が閉まる瞬間までは慣れた景色であり、魔力など一切感じなかったはずだ。そうでなければ異変に気付いた瞬間足を止めていたし、扉が閉じるまで悠長にソファへ向かっていない。今はそのソファすらないが。
ただ、敢えて視界から除外したいのに、壁に刻まれでかでかと主張する黒い文字が、二世の胃痛を更に悩ませる。
『セックスしないと出られない部屋』
意味がわからない。
否、これでは語弊がある。意味は正しく理解できるが、脳がそれを拒否した。こと魔術師が関わる謎に於いて、大切なのは『ホワイダニット』だ。しかしこの『何故』かすら、皆目検討が付かなかった。自分とメルヴィンがそうしたとして、それで得する者など時計塔にはいない。いて欲しくない。
義妹ならば面白がりそうではあるが、彼女の魔力の痕跡もなければ、もっと言えばこれ程までの魔術を彼女は施行出来ない。まだこの謎の部屋に入って数分ではあるが、空想具現化、或いは固有結界に近い場所だと仮定している。まだ自身が少年だった日。わが王が見せてくれた勇ましいあの世界とこの部屋は──比べたくもなかったが、悲しくも似ていた。まさかこんな形で、消えることのない日を再び脳裏に過ぎらせるとは思いもしなかったが。
誰の心象風景なのか、情報が少なすぎる。調査しようにもわかるのは立方体のような部屋であることと、ベッドの他に家具がないためおよそ人間が生活するために作られていないことだろう。
固有結界自体魔法に近いため、負担も多く安易に術式が完成させられる術者はいない。要するに、この部屋に二人を閉じ込めるためだけに、膨大な魔力をもってこの部屋を維持する理由を持つ魔術師を知らなかった。
一方メルヴィンは件の文字を読むと、二世にとっては見慣れた軽薄な笑顔で、しかし何も言わずに此方の様子を窺っている。
「……メルヴィン、何が言いたい」
「いやー、こんな面白いことがあるなんてと思って」
「シット! 何が面白い!?」
扉は消え、出口もわからない。でかでかと壁に書かれた巫山戯た文字。中央のベッドが涙を誘う。
「だって簡単じゃないか。私と君がセックスすれば出られるんだろう? 出たいならすればいいし、出たくないならしなければいい」
「セッ……巫山戯るな! そんなことしてたまるか!」
「私はそれでもいいよ。どうやらこの部屋は私にとって最良でね。身体が軽い。健康体というのはこのことを言うのかもしれない。そのくらいこの部屋に入ってから調子がいいんだ」
思い返してみれば、メルヴィンはこの部屋に入って以来一度も吐血していない。たった数分間で吐血されても困るが、増血剤の処方も叶わない状況で倒れられても為す術ない二世にとって、それだけは有難かった。だからといっていつまでも此処にいるわけにはいくまい。外の様子がわからないため、焦燥感ばかりが二世を追い詰めていく。
他の脱出方法を探るべく、部屋の角に触れ、埃の程度を見る。指には何もつかず、まるで部屋が、ここに『突然出現した』かのようだ。嘘だと思いたい。しかし現実逃避は許されない。どうにか巫山戯た条件を満たさずに、脱出方法を探ろうと決意した、が。後ろの男が面白いものを見つけた時のような声を上げた。実際メルヴィンにとってはそうなのだろうが、嫌な予感に頭まで痛くなってくる。
「ウェイバー、見てくれ、こんなものを見つけた!」
振り返ると、子供が両手で持てる程度の大きさの箱をベッドに乗せていた。そんなもの、さっきまでなかったはずなのに。
「なんだ、それは?」
「玩具箱かな」
眉間の皺が深くなるのを自覚しつつ、箱の中身を確認して、後悔した。はたしてそれは、玩具箱で相違ない。しかし子供が扱うものではなく、いわゆる大人の玩具だ。何処からかコードで繋がった楕円形の性具や、男根を模したもの。何に使うのか考えたくもない細い棒や、球がいくつも連なって一本になり、その先には輪がついている。ファーのついた手錠や、ご丁寧にローションまで入っていて、目眩がした。
「趣向を凝らしてこういうのもないかと探してみたら、ベッドの下にあるんだから驚きだよね」
ベッドの下なら軽く確認したはずだ。その時は何もなかったのに、メルヴィンが探したら見つかった。突然現れたとしか思えない現象と、こんなものが見つかるのに出口は見つからない現状に、頭を抱えたかった。
まるで、このためだけに作られた部屋じゃないか。気付きたくもなかったホワイダニット。
「ファック! いや、もういい。メルヴィン、さっさと出るぞ」
「うん? 出口、見つかったのかい?」
「…………書いてあるだろう」
無視したかったが、無視できないその一文を、二世はとうとう受け入れることにした。
外の世界に残してきた内弟子や、何をやらかすかわからない生徒たちを放って、いつまでも奇妙な空間に居座るわけにもいかない。
「セックス、したいのかい?」
「その言い方は語弊がある。私はしたいわけではなく、この部屋から出るため仕方なく……」
「私は別にしなくてもいいけど。君は私を退屈させないだろうし、この部屋なら頗る健康だ。勿論、君がどうしてもしたいというなら吝かではないけど」
「…………なに?」
メルヴィンの言葉は意外だった。いつも忙しい二世の予定の合間にわざわざ電話を入れ、屋敷に呼び出しては抱いてきた男の台詞とは思えない。
これ幸いにと乗ってくると予想していただけあって、彼の返答に戸惑った。
「そうだね、たとえば君が目の前でこの玩具を使えば、或いはその気になるかもしれない」
視界にも入れたくない物体を使い、欲情させてみせろと言外に告げられ、激昂したくなるのをぎりりと拳を握ることで堪えた。今メルヴィンの機嫌を損ねれば、あとにどんな仕打ちが待っているのか考えるだけでもおぞましい。
「ねぇウェイバー、君は私とセックスしたい?」
右手で頭を抱え、長い長い溜息を吐き出した。
「わかった」
これ以上ない譲歩だったはずだ。しかしメルヴィンは呆れた声音で、二世にとっては最悪の選択を口に出せと命じてきた。
「ウェイバー、違うよ。セックスしたいか、したくないかの答えは、『わかった』じゃない。君はそんなこともわからなくなってしまったの?」
目の前の、いつもより血色の良い男は、どうしてもその一言を聞きたいらしい。借金の見返りでもなく、まして強要されたわけでもなく。二世の意思で、メルヴィンに抱かれることを望んでいると、目の前の男は言わせたいのだ。
どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか。誰にともなく問い掛けたくなるのは仕方ないだろう。部屋から出たい。だがその方法はひとつしかない。ならばその方法を選ぶべきだとわかっている。理解してもいる。だからたった一言、彼が望む言葉で示せばいいだけだ。拒む理性を宥めすかして、どうにか絞り出した。
「セックス、したい。お前と」
今すぐ窒息死したい。いっそ窒息死させてくれ。かの王の言葉がなければ首を括りたかったが、それが性具に繋がっているのは死んでも死にきれない。
こんなことをメルヴィンに言った記憶を消してしまえれば、どれだけ楽に生きられるだろう。
それなのに男はしっかりと頷くと、腹立たしいことに嬉しげに反復した。
「そうか、ウェイバーは私とセックスがしたいのか! うんうん、気持ちいいことを本能的に求めてしまうのは人の業でもあるからね。ただ困ったことに、私は今セックスがしたいわけじゃない。けれど欲情する君を放っておくのも親友として忍びないからね。譲歩案を出そう」
箱からシリコン製の男根を模したブツを取り出すと、わざとらしくスイッチを入れた。動き出したものから、聞きたくもない振動音が鼓膜を震わせる。
つい視線を逸らしてしまうが、メルヴィンの手によって顔の向きを戻された。
「ウェイバーがこれらで遊んでいれば、その姿を私に見せてくれれば、もしかしたら欲情するかもしれないし、君を抱いてあげなくもない」
目の前のクズが面白がっているのは明々白々だ。だが指摘したところで状況は好転などせず、最終的に同じ結果になるのなら振り出しに戻すわけにもいかない。さして広くもない部屋に響く振動音がいたたまれなくて、精一杯の抵抗としてメルヴィンが持つそれを奪うと、スイッチを切った。
ベッドの上で全裸になり、比較的負担が少なそうなものを探す。片や同じベッドに着崩すことなく腰を下ろし、二世が持った玩具に一々コメントを挟んできていた。
用途のわからない性具もあったが、ご丁寧にも説明書が添付されており、曰く「初心者でも安全にお使い頂けます」だそうだ。正直全く有難くないのと、新たな性癖に目覚める気は毛頭ないため、無視する。
「ウェイバー、いつまでそうしてるんだい?」
「……うるさい」
手のひらに収まるサイズの楕円形を出す。リモコンがコードで繋がって、強弱をボタンで切り替えられるらしい。こんなものを使う日が来るなんて、十年前は想像もしていなかった。二十分前も想像していなかったが。
一度目を伏せて覚悟を決め、垂らしたローションを手のひらで温める。四つん這いになり、可能な限りメルヴィンから見えない向きで後孔のふちを撫で、人差し指を挿入した。異物感は当然あるが、それよりも視線が痛い。かといって見るなと指示したところで、墓穴を掘るだけだ。
「────っ」
メルヴィンに抱かれるようになってから、一人遊びなど必要なかった。しかしどうにかメルヴィンをその気にさせなければ、この部屋から出る方法はない。慣れない体勢だがこの際我慢だ。今日何度目かの覚悟を決めると、奥に指を進めた。
ざらついた粘膜を解すが、欲望を持て余していたわけではないため、どうしても作業になってしまう。快感も得られなければ、前も萎えたままだった。
「ねぇウェイバー、本当に私を欲情させる気ある?」
どの口が言うのだと詰りたかった。ファックされるのは自分のほうなので、口を噤んだが。
せめて前で快楽を得るため、左肩に重心を置いてローションで濡れたもう片方の手で握ると上下に動かす。角度を考えなければ、メルヴィンからは殆ど背中しか見えないはずだ。
その間も後ろを解していたら、偶然、いつもメルヴィンが執拗に弄る一点を掠めてしまった。
「あ! ……あ、ぅ」
背骨から脳髄にかけて痺れる感覚。前を扱いていた手でシーツを握り、一度やり過ごしてから、もう一度触れた。二度、三度と擦ってしまえば、今もメルヴィンに視姦されている事実すら脳の隅に追いやられ、快楽を求める獣になる。
「ぃ……あ、はぁ、んぅ……っく」
ほぐれた内部がもっとと欲しがり、指を二本に増やす。ローションのせいで粘着質な水音が響き、ただ気持ちがいいことだけを続けた。
内壁を広げるように動かしたり、気持ちの良い場所を何度も突き、見えそうな果てに怖気付いては別の場所を擦る。
「っは、……ん、……ふぅ、ぁ」
後ろばかり弄っているのに、前は既に限界を訴えている。他人に支配されず、ただ自分のペースを保てる自慰はひたすらに気持ち良く、既に理性は遠い。早く昇りつめたくて腰まで動かすと、ベッドが軋んだ。視界が生理的な涙でぼやけていく。これ以上ない熱に、息は荒く、ただ快楽だけを追い掛ける。
本当はもっと奥まで欲しいのに、自分の指では届かないもどかしさが狂おしい。
「は、……ぁ、ぃぁ、ぁ、ぁ……」
二世は既に、誰かに奥まで突いて貰わねば満足出来ない身体になっていた。開発したのは紛れもなくメルヴィンだが、知る由もなくただ指を浅瀬で抜き差ししている。
額を伝う汗にすら感じ入り、波打つシーツに顔を擦り付ける。目を閉じて果てを目指し、薄い布を握り締めていた手で屹立を擦れば、あっという間に白濁を放出させた。
「あ、……ぁ、あ、あ、あ、ああ!」
脱力し、深く息を吐き出す。そして目を開けた場所に、未使用のローターが寂しげに置いてあったのは、幸せだったのかはわからない。しかしその事実は、メルヴィンが提示した条件を満たさなかったことに他ならなかった。
「ウェイバー、何も使わず一人でいっちゃったの?」
わかっていて尋ねる男は根っからのクズだ。彼は後ろから乗り出すと、箱の中を漁り、いくつかの道具を出した。
手に持っているのは用途のわからない細い棒と、シリコン製の輪っか。用途をわかりたくない球が連なったものと、如何にもな男根を模したものだった。
細い棒は凹凸しているが全てに角はなく、端はコードでリモコンらしき機械に繋がっていて嫌な予感しかしない。
「玩具使ってって言ったのに残念だなぁ。お仕置き、させてもらうよ」
何がお仕置きだ、と叫ばずに済んだのは、単に射精後の脱力感が抜けなかったせいだ。うきうきと向きを変え、抵抗もままならない二世をメルヴィンは胸に寄りかからせると、シリコン製の輪を二世自身の根元に嵌めた。
「な……!? やめ……っ」
「最初に条件を守らなかったのは君だよ。大丈夫、ちゃんと最後にはいかせてあげるから」
言いながら今度は、まだ欲を吐き出したばかりの二世のそれを掴んで、あろうことか細長い棒を鈴口から挿れようとしている。動けないとはいえ、そんなものを見せ付けられて黙っていられるわけがない。
ジャケットを着たままのメルヴィンの袖を掴み、快楽でぼやける瞳で、出来うる限り反抗する。長い黒髪をメルヴィンの胸に押し付け、逃げ腰になっているが、メルヴィンの身体がそれを許さなかった。
「メルヴィン! それは……っ、やめ、いやだ、メルヴィン……!」
「大丈夫、ちゃんとローションかけたし」
的外れな答えが返ってきたところで、急所を掴まれているせいで下手に動けない。メルヴィンも辞める気はないようで、先端からゆっくりと入ってくる冷たい異物感に目を閉じた。
「ウェイバー、ちゃんと気持ち良くさせてあげるから」
いつもより声が緊張しているのは、彼もこの性具を使うのは初めてだからだろう。何もこんな初めてを、自分に使わないで欲しかった。
一つめの膨らみが入る感覚が、如実に状況を物語っている。目を閉じていても、凹凸があるせいで中心への異物感は強い。二つ、三つと、普段は饒舌な男が言葉もなく進めているのは、気を紛らわせられない二世にとって、苦痛にも近かった。かといって何か話し掛けられたところで、まともな会話が可能な精神状態でもなかったが。
半分ほどまで入った頃だろうか。目をぎゅっと瞑り、メルヴィンのジャケットに額を押し付けていた二世だが、男が大きく息を吐いたことで、終わったのかとつられて息を吐いた。
「ほら、見て。ちゃんと入ってるよ」
愚かにも無意識に従ってしまい、ありえない光景に身体が強ばった。自身の陰茎から、全長の半分程度の棒が刺さっている。つまりあと半分は中に入っているのだろう。認めたくない事実と、認めざるを得ない状況に、どう反応すべきか分からなかった。
「ちゃんと入ってるじゃないか! ウェイバー、あと半分頑張ろう!」
「……なにが、がんばる、だ……」
漸く絞り出せた憎まれ口で、どうにか心を落ち着かせる。本来入口ではない場所に押し込まれ、抵抗すらままならない状況にさせられ、それなのに受け入れるしかないなどと、誰とも知らぬ罠を張った者を恨んだ。
「ううん、でも君、ずっと私に縋ってたよね。ほら、袖がしわくちゃだ」
握っていた布を見せ付けられ、顔全体が熱を持つ。わざとじゃないとはいえ、手近なものに助けを請うていたのは、皺が刻み込まれたジャケットが証明していた。
「メルヴィン……もう、終わりにしてくれ……!」
これ以上はつらい、と意図を込めて、漸く口にした。それだけでも苦渋の選択だった。なにせ、早く後ろに挿れてくれと強請っているようなものなのだから。
しかしメルヴィンは知っていて、優しげに頷く。
「これを、奥まで挿れて欲しいんだね?」
「違……ぁ、ァ、んぅ、ぅあ!」
言葉通り狭い場所に一気に入ったそれは、こつん、と奥にぶつかる。まるで想像し得なかった刺激に、二世は戸惑った。まるで、内壁から前立腺を突かれた時のようで──
「知ってた? ここの奥、ウェイバーのいいところがあるんだよ」
身体をゆっくりと横たえられても、異物を取り除きたくても、怖くて自分では何も出来ない。ただ赤子のように背を丸め、少しでも楽な体勢を探すしかなかった。
それなのに、男は伸ばした指で、僅かに出ている金属をつつく。振動は内部まで響き、強ばったせいで挿れられたものを締め付けてしまい、余計に感じてしまう。
「ひ! あ! ゃ、ゃめ……! もう、これ、抜いてくれ……!」
「んー? まだ入れたばかりじゃないか! まだ君は全然気持ちよくなってないし、本番はこれからだよ」
「……なに、言って……」
「超音波とやらで振動するんだってさ、これ」
棒と繋がったリモコンを見せられて、気が遠くなった。この際気絶してしまえたら、どれだけ楽だったろう。いくつかのボタンには、オンオフの切り替えと、強さが三段階ある。そんな情報知りたくなかったし、知らないままでいたかった。
「あ、ウェイバー。エネマグラとバイブならどっちがいいかな?」
「は? エネ……なんだと?」
「うーん、わからないならどっちも試してみようか!」
掘った墓穴に埋まって二度と出てきたくない。もう男の中では決定事項であり、既に抗う道は閉ざされていた。提示された一方がなんだかは検討もつかないが、どうせ碌でもないものだ。
それよりも中心に挿れられたままのものを、早くどうにかして欲しかった。
「ねぇウェイバー? 自分でコレを選んだのは、そんなにこれが好きだから?」
「……なに、言って……」
ピンクのそれは、単純に負担が軽そうだったから選んだまでで、メルヴィンの言う理由では断じてない。しかし知ってか知らずか楕円形のそれを、後孔に宛てがわれた。背中を丸めていたせいで、図らずともメルヴィンに尻を向ける態勢になっており、己の迂闊さを呪いたい。
先程まで指が入っていたそこは既にほぐれており、易々とメルヴィンの指と道具を飲み込んでいく。そして、既に見つけられている前立腺に押し付けられた。
「ぁ……、め、メルヴィン……」
「うん、大丈夫。君は最高のエンターテイナーだよ」
聞いてもいない感想と共に、押し付けられたものにスイッチが入って、強く動き出す。
不意の刺激に身悶え、声を殺すのがやっとだ。
「っ!? っぅあ、は、……ふ、ぃあ、んぁ、は、ぁ、あ!」
首を大きく横に振り、筋肉のついていない脚が波打つシーツを蹴る。どうにかして快感を逃そうとするさまは倒錯的で、本人の意思とは裏腹に男の欲を煽った。
「可愛いウェイバー。そんなに気持ちいい?」
「っぃあ、……っく、あ、ぅう……は、ぁ、や」
既に答えられる状態にないのに、指先の機械を何度も押し付けられ、その度肉壁が勝手に蠕動し、締め付けて自らを追い詰めている。
頼りないシーツにしがみつき、涙を零しても逃れられない快楽に、屈服してしまいたかった。そうすれば楽になれると、誰よりも自分自身がわかっている。しかし、強靭な理性が押し留め、決して許されない。
だが身体は正直とは言ったもので、今も震える内壁は限界を訴えていた。
「ぁ……ぁあ、ぅ……ぃ、あ……あ……ああ!」
スパークした思考と共に、背中がぴんと反る。確かに達したはずなのに、根元の輪と中心にささったままの栓が吐き出させず、ぐるぐると行き場を失った欲を体内で巡らせるだけに至った。昇りつめたことを悟ったらしく、メルヴィンは奥へと誘う肉に逆らい玩具ごと指を引きずり出した。
肩で息をしていたら顔を近付けられ、熱くなった目尻のまま睨み付ける。
「気持ち良かった?」
「──っ、しる……かっ」
「えー? あんなに善がってたのに、素直じゃないねぇ。ま、いっか。まだウェイバーが気持ちよくなるための道具はあるしね」
物騒な言葉で受け流し、今度は初めて見る道具を持ち出した。性具だと言われてもどの部分をどう挿れるのか検討もつかず、ただそれ程太くも大きくないことが、僅かな安堵を呼んだ。男根を模したものを突っ込まれるより、遥かにましだと。
「これが、エネマグラ。使ったことないならちょうどいいよね」
なにがちょうどいいのか、さっぱり理解できなかった。理解しようとも思えなかったが、メルヴィンが碌でもないことを考えているのだけはわかる。
「なんか前立腺マッサージに使うらしいから、ウェイバーならすぐ気持ちよくなれるんじゃないかな」
今身体に力が入るなら、思い通りに動ける状況や状態だったなら、目の前の男をどうにかしてやりたい。せめて中心になにもなければ、蹴り飛ばしてやれたのに。
「さあ、早速挿れようか」
二世の想いを素知らぬふりで、メルヴィンは後孔にそれを宛てがう。十分にほぐれたそこはゆっくりと異物を飲み込み、最終的にメルヴィンの手から離れた。
最初は、それだけだった。大した刺激ではないが、静かに前立腺を押す感覚があるだけだと。しかし、じわり、じわりと曖昧になっていた感覚が形を持ってくる。振動もしていないのに、ただ、そこにあるというだけなのに、意識すれば中を締め付け、弱い場所をじっくりと押される。蠕動に合わせて角度を変える。
脳が焼けるような快楽じゃない。身体を溶かされるような強烈さでもないのに、収まり始めていた息は再び荒くなり始め、意識的に呼吸を穏やかにしようとしていた。どうにか耐えようとしていたのだ。それまでは。
「あ、そうだ。折角あるのに忘れてた。ごめんねウェイバー。こっち、気持ち良くなかったよね」
「……え?」
ゆっくりと上げた視線の先に、リモコンがある。ケーブルを辿ると亀頭の先から僅かに見える金属に繋がっていた。メルヴィンは見せつけるようにスイッチを入れ、一番強い振動を差すボタンを押した。止める間もなかったが、意味もわからなかった。
「──ひっ!? あ……ぁ……あ、あ……っは……ゃ、やめ、メルヴィン、やめっ、ァ……っく」
自身に差し込まれたものが敏感な場所で暴れだし、力を込めて耐えようとすれば前立腺が押されて更なる快楽を与えられる。メルヴィンの手が伸びてきて金属を奥に押し付けられると、前と後ろから同時に同じ場所を攻められ、出さずに達して、降りることを許されないまま達し続けることを強要された。
視界がぼやけるのが涙のせいなのか、流れる汗のせいなのか、なにもわからない。ただ達する度に身体は跳ね、肌に触れるシーツの刺激にすら感じた。
最早思考はぐちゃぐちゃで、声を上げて快楽を逃す方法しかわからなかった。
「ァ……あ……あ、あ……っふ、は……ぁ……ゃ、だ……も……ぁ、こわ、れる……ぁ」
「ウェイバー、気持ちいい? 正直に言えば、止めてあげる」
いつの間にか正面に座していたメルヴィンに、涼しげに首を傾げられても怒りを兆す余裕すらない。ただこの快楽から逃れられるのなら、なんだって良かった。
「ァ……きもち、はっぅ……いい……いいから、止めて……くれ……っあ」
「何回いった?」
「っは……っかん、な……ァ、ぁあ! わか……なぃ……からっ……もう……っぃやだっ」
まるで愛でるかのような色を宿した瞳が細められ、汗で額に張り付いた髪がそっと避けられる。右手で頬を包みこまれると滂沱した涙が親指で拭われ、反対側の目尻に唇が寄せられた。
「ここに入った玩具と私のモノ、どっちがいい?」
「────っ」
結局、それを言わせたいがための茶番だと気付くには遅すぎた。前立腺だけではなく、奥まで埋められないと満足出来ない身体にされていると。彼を求める言葉を紡がなければ解放されないのだと、わかってしまった。
「ァ……ぅ、は……お、おま、えが、いい……からっ、だからっ」
「うん、よく出来ました」
遠慮なく孔から引き抜かれ、その拍子にまた達してしまった。尿道に入った棒も振動が止められ、ゆっくりと抜かれて漸く狂い死ぬほどの快楽から解放された。
ベッドに横たわったまま、服を脱いでいくメルヴィンをぼうっと視界に映した。強すぎた快楽からの疲弊により、既に『見ている』つもりはなく、自ら肌を顕にしていく様子がただ珍しかったのだ。いつも羞恥を煽るために脱がさせたり、服を着たまま至ることが多かったせいもあるだろう。
これでもう終われるのだと、不思議な安心感もあった。何故こんな状況に陥ったのかを思い出して、しかしこの先を考えると分析出来るだけのゆとりは未だない。
下着まで脱いでベッドの下に全て落とすと、半勃ちのメルヴィンを見せつけられて、咄嗟に目を逸らした。
「まだこれじゃあ挿れられないね、残念だよ」
「知るか! 勝手にやってろ」
背を向けたかったが、今そうしてしまえば先刻の愚かな過ちの二の舞いになる。
「それは困る。というより、コレが欲しいと言ったのは君だよ? まさか忘れたなんて言わないだろう?」
「──っ、だったら、どうしろと」
「うん、口で……」
「断る」
言い切る前に、断固として拒否する。なにがあろうとも、絶対に超えたくない一線でもあった。身体を繋げておいて今更だとしても、それでも譲れないものもある。
それはメルヴィンも気付いていたのだろう。わざと肩を落としてから、ベッドの端に転がっているローションボトルを引き寄せる。
「ウェイバーさっきこれ使ってたよね?」
「は? ああ、そうだが」
「媚薬入ってるのを使うなんて、そんなに私をその気にさせたかったんだぁ」
「は?」
指摘は初耳であり、つまり全く意図していない。一本だけ入っていたのだから、説明書きも見ずに使ったことなど、一部始終を見ていたメルヴィンでもわかることなのに。
ボトルのラベルを確認しようとして、何故か後ろに隠された。こんなことならローションなど使わなければ良かったと、後悔してももう遅い。
「ウェイバーは指だけでいったと思ってたけど、媚薬の効果もあったんだね」
朗らかな笑顔に今ほど殺意がわくことがあるだろうか。相手はメルヴィンだからあるかもしれないが、しかし、今の情報を喜べばいいのか嘆けばいいのか、判断がつかない。
「さて、私も使わせて貰おうかな」
言うな否や、半勃ちのそれをローションまみれにし、何故か此方の右手首を掴む。てらいなくメルヴィン自身を掴まされて、逃げようとしたら両の手で捕らえられた。
「君は私のこれを挿れて欲しくて、私はまだ準備が整っていない。それなら君の手で、勃たせてくれればいい話じゃないか」
「自分でッ、お前がやればいいだろ!」
「冗談じゃない。私は今まで、自慰なんてしたことないんだから」
冗談じゃないのは此方のほうだ。言い返そうとして、メルヴィンが片手を離し、そのまま覆い被さるようにして後孔にぬめった指を差し込まれた。唐突な行動に理解が追いつかず、締め付けてしまう。
「ほら、こっちはひくひくしてる。足りないって言ってるみたいだ。エネマグラ、もう一回入れてあげようか?」
強制的に快楽を呼び覚まされる感覚を思い出し、身体が竦んだ。あれをもう一度入れられて、どうせ同じことをさせられるのなら、このまま諦めるしかないのだろう。
「やめろ……っ、やめて……くれ。する……から、だからあれはもう、やめてくれ」
媚薬が入っていたと知った上でメルヴィンに触れられたせいか、物足りないと熱く訴える本能を無視する。その代わり、彼のものを勃たせる手伝いを受け入れた。
出来るだけ視界に入らないよう目を逸らしながら、ぎこちなく手を上下させる。乱れていく男の呼吸に合わせて早めていくと、手に液体がかかった。
「ああ、折角勃ったのにいっちゃったね。でも君も沢山ひとりでいったんだし、もう一度頼もうかな」
「…………」
萎える気配がないものを掴んだまま、心を無にして手を動かす。どうせメルヴィンが満足するまで離されないのであれば、負担は少ないほうがいい。
その間何が楽しいのか、汗でべたついた髪を撫でられていた。優しく、柔らかく、情事の非道さなど微塵も感じさせない手つきは、心の底から愛されていると錯覚しそうになる。この男は単なる興味でこうしているのであって、愛情など一粒たりとも持ち合わせていないというのに。
握っていたものがびくん、と反応して、驚いて離そうとしたらメルヴィンに押さえられた。扱く手を早めていくと、一度目と比べると余程時間をかけたが、達したようだ。それでも萎えていないのは、媚薬のせいなのだろうか。
「ウェイバー。もう、挿れてあげる」
男の呼吸も荒かったが、知らず自身の呼吸も上がっていた。入りやすいよういつものように彼の屹立にローションをかけたが、メルヴィンに手を取られ、珍しく押し倒された。いつもは余裕綽々な色素の薄い瞳が、欲でぎらついていて、肉食獣のようだ。
腰を持ち上げられ、咥えるものを探す場所を見つけられると、一気に貫かれた。
「ァあ! ……ぁ、あ……」
「んー? 挿れただけでいっちゃった?」
「ち、が……ァ」
軽い絶頂に浸る暇もなく、肉の棒に容赦なく穿たれる。何処も彼処も媚薬のせいで熱く、燃えてしまいそうだ。メルヴィンに抱かれることはあっても、こんなにも激しいセックスは初めてで戸惑った。
欲望のままに貫いたかと思うと、ぎりぎりまで引き抜かれる。何度か繰り返されて、今度は前立腺をわざと避けて穿たれ、此方の様子を伺っていた。
「──っく、ァ……はぁ……んぅ……っあ」
「ウェイバー、突いて欲しい? 腰、揺れてるよ」
「ちが……ッあ、はぁ」
突いて欲しいのに貰えない、すぐ傍にまで来ているのに届かないのは辛い。だがそれよりも、それを認めてしまえば、自身が求めていることがばれるのはもっと恐ろしかった。この男は、手に入れてしまえば自分に興味を示さなくなることを、知っているから。
何度も中だけで達して、ほんの少し掠めるだけでも意識は一瞬飛ぶのに、貫かれてしまえば────
「──ぃ……あ! ぁ、ぁ、ぅう……ふっ、んぅ……ああ!」
予期せず思い切り穿たれて、目の前がちかちかする。もう何度目かもわからない絶頂だった。射精したいのにまだ根元で締め付けられていて、この責苦から逃れられるなら何をしても良い。
目の前の身体にしがみつき、爪を立てる。既に二度射精した男は、まだ限界にはほど遠いらしい。
「どったの、そんな可愛いことして」
「ぃ……きた……いきたい……っ」
「もう何度もいってるじゃないか」
「違ッ……そうじゃ、ァ……なくてっ」
動きを止めずに、先を促される。喋れるものなら喋ってみろと。粘着質な水音をわざとたて、孔を広げるように動かされた。
「んー? ちゃんと言ってくれないとわからないなぁ」
わざとらしくとぼけ、張り詰めた陰嚢を指で掠める。精が溜まりに溜まったそこは酷く敏感で、それだけでまた達して、中のメルヴィンを締め付けた。
「ほら、いったね」
「ァ……あ、あ……あ…っは……っう、ちが……ぁ、だし……たい……っ」
やっと本質を言えたことと、未だ欲を吐き出せない苦しみに、涙が止めどなく溢れていくが、もうそんなことを気にする余裕すらない。
動き続けるメルヴィンと自分の境目が曖昧なのに、灼熱の楔に打ちつけられる度身体は歓喜する。苦しいのか気持ちがいいのか、気持ちが良すぎて苦しいのかわからなくて、ただ、今は溜まった欲を吐き出したかった。
「うん、今は、ダメ」
「な……っで、も……むりだ……っ」
恥も外聞もあったものじゃない。このままでは壊れる。辛い。いきたい。熱い。出したい。苦しい。子供のように啜り泣いて、うわ言を続ける。
「私がいくまで、我慢して」
拷問を与えると宣言された気分だ。何もかも麻痺してしまえばいいのに、性器に変えられたそこは媚薬のせいもあるのか、摩擦で火傷しそうなほど動きを過敏に伝えてきた。突き上げられれば奥が熱くて苦しいのに、引いていかれると満たして欲しくなる。こんな気持ちなど、知りたくなかった。
「あ……あ……っ、ぅあ……っ、メ…ル……ヴィン……!」
「──はっ」
のしかかったメルヴィンが熱く息を乱し、腰を掴まれる。がつがつと奥を突かれれば、何度も意識が飛びそうになった。否、実際は飛んでいたのかもしれないが、次の刺激によって呼び覚まされる。
まるで玩具のような扱いなのに、どうしようもなく感じている自分が嫌だった。
ぽたりと男の汗が垂れてきて、彼の限界を知る。ぎりぎりまで引き抜いたかと思うと最奥を穿たれ、中で膨らんだ楔に奥で熱いものが吐き出された。そんな刺激すら快感へと変え、達してしまう。根元に食い込んでいるシリコンの輪を外されれば、搾られる感覚に今度こそ吐精した。
漸くなくなった戒めに安心したのも束の間、今度は溜め込まれた精液が緩やかに吐き出されていく。先程までとは違って、意思と関係なくただ吐き出されていくさまは初めての経験で、止めたくても止まらない様子に怯えた。
「あ……ああ……、っは……ぁあ……っなん、で……」
「いっぱい我慢したね、ウェイバー」
「ぅあ……! あ……ぁ……ゃめっ、さわ……るな……っ」
甘ったるい声で陰嚢を揉まれ、背を仰け反らせる。長い長い射精だった。腰が浮いたまま、勢いのない精液が流れ続け、それが伝う感覚すら快楽に変換される。
最後の一滴まで吐き出させられると、全身から力が抜けた。
大きく息を吐き、ベッドに沈み込みそうになる。
「沢山我慢したから、すごく気持ち良かった?」
「──っ、そんなわけが、あるかっ」
「素直じゃないねぇ。じゃあ気持ち良くなるまでやる?」
「御免だ!」
一先ず、手繰り寄せた箱に入っていたウェットティッシュで身体を拭き、服を身につける。メルヴィンのほうにもウェットティッシュを投げてやれば、面倒臭そうにだが身体を拭き始めた。
────しかし。
「おかしい」
「んー? なにが?」
服を着たメルヴィンに、体液まみれのベッドに抱き寄せられた。抗う力はもう尽きていたため、そのまま倒れ込む。
「目的を遂げたら出口が現れるわけではないのか……?」
既に元の扉がどの方向だったかもわからないが、何処かしらに出口が現れる魔術だと踏んでいたのだが。
「大丈夫じゃないかなー。そのうち出られるよ」
「何を根拠に! ん? メルヴィン」
「うん?」
「顔色がいつも通りだ」
覚えている限り最中は、この男にしては異常なほど顔色が良かったのに。
「私も体調がいつも通りだ」
「……目的を遂げるまで負の情報をシャットアウトする魔術か? 虚数魔術で痛みや苦しみを無くし、目的を成功させやすくするためか? それならばあんなものを挿れられたときに痛みがなかったのも頷ける。いや、執務室のみを変化させるのであれば水の属性でも可能か。待て、この空間の時間はどう進んでいる? 元の空間とこの空間との時差はあるのか? 決め付けるのは早計だ。もしもこの空間との時差がなければ……シット! 情報が少なすぎる!」
「ウェイバーウェイバー、ほら、寝よう」
「──っ、なんだ、邪魔をするな」
抱き寄せられた腰に、再び反応を兆しているものを押し付けられ、言葉を失う。振り払おうとしたが酷使された腰が痛んで動きが鈍った。
その間に不本意ながら腕枕をされ、またあの優しい手で頭を撫でられる。
「どうせ出てみなきゃわからないんだから。寝よう」
「寝るって……ここでか」
「そう。起きたら、きっと執務室に戻ってるから。それを嫌がるなら……」
嫌な笑顔で、尻を揉まれてぞくりとした。もうこれ以上は無理だ。押し戻そうとしたが、すぐに手は離される。
「今はしないよ。でも、あんなに気に入るなんて思わなかったから、次の時には用意するかもしれない」
「……なにを?」
「まずはエネマグラ。それから尿道プラグも喜んでたねぇ」
「やめろ!」
もうその名称さえ聞きたくない。あんなものを喜んで挿れる奴は、ただの欲求不満か相当な好き者だ。
「うん、じゃあ寝よう。疲れただろう?」
疲れさせたのは誰だ、と問いたかったが、横になったことで強い眠気が襲ってくる。そのうえメルヴィンの胸に頭を抱き寄せられ、深く息を吐いたら人工的に作られた闇に思考が溶かされていく。
「────おやすみ、ウェイバー」
静かな声に吸い寄せられ、意識は沈んでいった。
ウェイバーが眠りに落ちてから五分が経ち、メルヴィンはまだ長い黒髪を梳いていた。穏やかな寝息を立てる男の、涙のあとが残る目尻を親指で擦るが、もう乾いてしまってとれなかった。
「調子に乗って無茶させすぎたかなぁ」
初めての経験をさせる際、拡張もしていない尿道を使えばまず痛みを伴う。それでも実行したのは、今はもう崩れ始めているこの空間に入った途端、身体の不調が消えたからだ。
「……にしても、あんな嘘にもひっかかるなんて、ちょっと素直すぎやしないかなぁ」
苦笑したのはローションのことだ。本当は媚薬など入っていないし、そういった効果もない。先に使っていた彼が気付かないはずがないのに信じたのは、きっと思考する気すら起こさせなかったからだろう。
彼に痛みを与えたいわけではない。ただ、普段は彼が自分に抱かれてくれる理由とは違ったことと、己の不調が一時的にとはいえ改善されたことで、ずっとやりたかったことを出来た。
彼を押し倒し、一度でいい。全力で欲をぶつけられたらと、願っていた。自分が抱いているウェイバーへの想いは、決して悟られてはならないし、告げる気もない。
そうしてしまえば彼はいずれ良心の呵責に耐えられなくなり、離れていってしまうとわかっているから。
逃げられてしまうのなら、理由が金でも何でも良い。触れられる距離を出来る限り保ち、身体だけの関係でも繋ぎ止めておきたかった。
そして、決して彼が起きている間には絶対に出来ないことを、儀式のように続ける。無防備に眠る彼の口唇に、己のそれを触れるか触れないかの淡さで重ねた。
「好きだよ、ウェイバー」
征服王を追う彼には決して気付かれてはならないこと。けれど情事のあと疲れきって深く眠りに就いている彼になら、出来ること。
いよいよ部屋の崩壊が始まり、ぱら、と崩れた白い天井の向こうから執務室の天井が見える。どの辺りに投げ出されるのか知ったことではない。
いとしいひとよ、どうか幸せな夢を。叶うのならば、そこに私がいることを、有り得ないと知りながら深く願ってやまない。
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