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さあ、さよならの時間だ

歴史修正主義者との、全ての戦いが終わった。
 終わりなどないかと思えるほど多くの敵を斬り伏せ、何度も肉体を傷つけられてきた。痛みを知り、悲しみを知り、それ以上の喜びを知り。
 いつしか愛おしさすらこの身に宿し、一人の青年を愛したのは、いつのことだったか。
 だが、始まったものはいずれ終焉を迎えることも、道理であった。
 付喪神とて所詮道具。役目を終えれば再び仕舞われることは、至極当たり前のことだろう。任を解かれた刀剣男士が、人と似た身体を、いつまでも使い続けられるはずがない。この世で刃生を与えられた武器が、一体どれだけあるというのか。その中に選ばれただけで十分すぎるはずだ。これ以上など、望むものではない。

 もう何振りの仲間が魂を刀のもとへ戻されたのだろう。逃れられることではないが、逃れる必要など何処にもない。今までがイレギュラーだっただけで、決して悲観する理由はないのだ。本体が焼け焦げ、武器としての価値を失っても尚、人のためと呼び出され、戦う場を教えられて。それを幸福と呼ばすして、何と呼ぼう。
 燭台切光忠は刀剣男士として肉体を持ってから、初めて感情というものに触れた。脳に流れ込む膨大な記憶に、顕現させられた瞬間には涙したことをよく覚えている。それは悲しみによるものではなかったが、指で触れた生温かい水に、ああこれが涙というのかと。喜怒哀楽のうち、最初に覚えたのは、喜びだった。
 多くの戦いを重ね、様々な情感を覚えた光忠の前に大倶利伽羅が現れ、いつしか惹かれるようになっていた。
 慣れ合うつもりはない。
 低く落とされる声に嘘は混じっておらず、斜に構えているようでいて、話す時は真っ直ぐ目を合わせる姿に好感を持った。最初はきっと、それだけだったはずだ。
 彼を気にし始めたきっかけに、前の主は関係ない。ぴんと伸びた背筋に惹かれ、恋情へと変わったのは、必然だったようにも思う。

 今、大倶利伽羅は己の瞳で映せる最後の景色を、焼き付けるように見つめていた。
 縁側と部屋とを隔てる柱の前で、軽い胡座をかいて、座っている。
 ざあ、と、穏やかな風にささめく木々。こんな日でも、透き通るように青い空は広がっていた。白い雲がゆったりと流れ、人の声は聞こえず、まるで世界から取り残されたかのような、静かな時間が流れていく。
 光忠はその空間を壊さぬよう、彼から少し離れた柱の前に立った。いつもならば何も言わず、陽が暮れるまでそうしていたはずだ。空が橙色に変わるさまを見つめ、言葉もなく。或いは、傍にさえいなかったかもしれない。
 それが二人にとっての、日常でもあった。
「また一緒に戦えたらいい、……なんて思うのは、カッコ悪いよね」
 いつも通りを崩したのは、結局のところ光忠自身が、彼との別れを惜しんでいるからだ。惜しむ、など。益々人間みたいだ、と考えながら、発した声が戻ることはない。戻せたとて、戻す気はなかったが。
「夢物語だろう」
 そんなもの、と。大倶利伽羅は、恐らく彼にとっては唐突だったはずなのに、正確に汲んで答えた。
 そう。もう一度同じことなど、ありえない。
 今回遡行軍が現れたのは多くの者にとって予想外だったせいで、白刃隊が向かった際には、歴史が既に修正されていたこともあった。勿論修正前にくい止めることもあったが、対応が遅れたのは全て、予測出来ていなかったからだ。これからはもっと遡行軍の出現を警戒し、芽を摘んでいくこととなるだろう。
 何度も同じ失敗を繰り返すほど、時の政府は馬鹿じゃない。
「ああ、わかってるよ」
 彼の言葉は、光忠にとって想定内だった。決して現実から目を逸らさず、逃げることもない。出陣時と同じだ。青年は向き合わねばならない問題から、背を向けることはない。その生き方に惚れたのだ。
 肉体はもうすぐ消えてなくなるだろう。そうなれば再び、感情を失う。自身の足で歩けなくなるだけじゃなく、そう出来ないことに嘆くことすらなくなる。人に使われ、飾られ、いずれ朽ちていくのを待つだけの、無機物へと還っていく。

 だが。だからこそ。いつか、などと。到底叶うはずのない未来に想いを馳せることが、今この時に、光忠が生きているということを実感させた。
「僕は、」
 それはもしかしたら、一度も伝えたことがないかもしれない。もう何度も、伝えていることかもしれない。幾度となく考えてきていたことであったから、それさえもわからなくなっているけれど。
 昔。政宗公の元に、彼と共に置かれたことがある。だがその頃はわからなかったことを光忠は知れた。
 感情や、誰かを想うだけじゃない。愛しい者が持つ、黄金色の瞳。光忠より少し柔らかい、癖のある焦げ茶の髪と、引き締められた口元。手のひらで触れたときの、肌の感触。全て、この身体を与えられなければ知れなかった大切なことだ。
 足を動かし、彼のすぐ隣に腰を下ろす。
「こうして呼び出されて、良かったと思ってるんだ」
 伸ばした手でその頬に触れると、いつも通りの視線が送られる。皮手袋を外すことなく手のひらに包み、親指でその目尻を擦った。こんな距離を大倶利伽羅が許すのは、自分しかいないという事実に、笑みが漏れる。
 彼に向ける、最後になるであろう言葉を、ゆっくりと紡ぎ上げた。

「君に、会えたからね」

 いつかまた一緒に、は叶わないけれど。
 君と過ごせた時間は何にも代え難い幸福だった。
 



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