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「無意味だろう」
そんなもの、と。凛とした輝きを秘めた金色の瞳が、光忠に合わされた。黄昏時の風を受けながら縁側に腰掛ける大倶利伽羅に、短冊を渡した時だ。鳴いていた鈴虫が静寂を落としたのも束の間、再び涼やかな声は響き始める。短冊に願いを込め、星に託すと叶うとされる日。雨続きだったここ数日のあとの、珍しく晴れた一日だった。
審神者の提案により庭に笹が来て、数名の刀剣男士の手によって色とりどりの吹き流しや投網、紙衣などが飾られた。その最後の仕上げとして、すべての刀剣男士に短冊が渡されたのだ。曰く、願い事を書いて吊るすことにより、叶うのだと。
「勿論、書くか書かないかは自由だと言っていたけどね」
受け取っておきながら願いを考える素振りも見せない彼に、笑みが漏れたのが勘付かれたかもしれない。見咎めるようにほんの少し眉を寄せた大倶利伽羅の反応は、概ね予想通りだった。
「理由を聞いてもいいかい?」
「…………」
黙り込んでしまったのは、否、という意味ではなく、単に言葉にすることに時間がかかっているだけだ。口数は少ないが、その何十倍も、彼は考えている。そうして考えに考え、自分の中で納得してしまうから、中には彼に突き放されたと感じる者もいるだろう。だが本当はそうじゃないことを知っていたから、拳3つ分をあけて光忠は腰を降ろす。
「願いは、叶えてもらうものじゃない。自分で叶えるものだ」
落ち着いた声音で紡がれた言葉は、優しく鼓膜を震わす。これはきっと、彼にとって譲れないひとつ。けれど願いをかける誰かを否定したいわけでも、見下したいわけでもないことは、誰にでもわかった。
刀だった頃、刀に願掛けをする人間も少なからずいただろう。戦に勝つまでは、決して鞘に戻さぬと誓いをたてる者もいた。だがそれらの願いが叶ったのは、すべて彼らの実力だ。
刀剣男士は刀であり、戦士である。心がどちらか一方に傾いている者もいれば、そのどちらにも傾かない者もいたが、大倶利伽羅は前者だ。どこまでも刀であろうとし、刀であることを望んでいる。だが本当の刀は、そう考えることすらなく、ただそうあり続けるのだ。
「星にかけるような願いは、俺にはないからな」
人とよく似た肉体を得てからは、彼の生き様に幾度となく惚れてきた。感情も想いも何もかもすべて、この身体を与えられてから得たものだ。
同じ主の元にあった期間があったことは確かである。だが、再び同じ主を持った今もこうしているのは、自身が、彼と共にいることを選んだからだ。
「ああ、そうだったね」
以前に聞いたわけではない。君はそういう刀だ、と、彼が言葉にすることで、漠然としていたものが明確な形を持って存在し始める。
そうして何度でも、惚れ直していく。
さらさらと音を鳴らしながら、葉が擦られているのを聞いて、光忠は目蓋をおろす。短冊に願いを書き終えた子らが、庭に向かい駆け抜けようとする足音が聞こえてきた。あと半刻もすれば、笹は多くの願いに彩られることとなるだろう。
今はそのときを、彼とふたりきりの空間で、静かに待つことにした。
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