[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
歴史修正主義者の群れをいなし、或いは斬り、消滅させていく。夜の静寂を刻む、金属をぶつけ合う音が響いていた。
この時代の人物に会ってはならない。それがいかなる人物だとしても。彼らの姿を見つけるのが、歴史を動かす力のない者だとしても。小さな誤差が後の世に、大きな影響を与える可能性はある。
慎重に先に進み、池田屋に燭台切光忠を含む白刃隊が着いた。だがこの時間軸では既に遅かったようだ。
本来辿るべき真実は、新撰組が倒幕組を抑えること。だが、遡行軍の介入によりそれが失敗し、無惨にも沖田ら新撰組は斬られ、未来の刃に倒れていた。
今この建物には、生きている者は誰もいない。ただひたすらに多くの死体が転がっているだけだ。刀剣男士にゆかりある者も、その中にはいるだろう。だが当然、逃げ切り、救われた命も多くある。歴史修正を食い止めるということは。修正された世を元に戻すということは。すなわち、救われた命を再び殺すことと同義だ。その覚悟がある刀だけが、こうして戦っている。
最奥で待ちかまえていた歴史に抗う者達は、青い目を光らせて刀剣男士を迎え撃つ。
闇色の髪を揺らし、小回りのきく性質を活かして薬研藤四郎が懐に入り込む。その勢いを緩めぬまま、急所を的確に突いた。人で例えるならば心の臓を串刺しにする。一拍置いて抜いた彼の本体には赤い水が滴り、貫いた『穴』からは同じものが心拍に合わせて吹き出してきていた。連動して敵が握っていた本体にひびが入る。隙をついてその首を掻き斬れば、血しぶきをあげながらそれは倒れた。ひびは大きくなり、ついに折れる。本体が完全に折れた時、かりそめの肉体は事切れ消滅するのだ。
それと同じ頃、毛先だけ色素の明るい髪を踊らせて、大倶利伽羅が前へ出た。太刀という立場上夜戦には不利と言われていたが、ここは室内だ。そして太刀とも打刀とも呼ばれたことのある彼からすれば、戦えればそれでいい。その一言に尽きるのは、刀種に関わらず、彼がただ武器たらんとしているからだ。
天井は低く、刀を振りかざすことが出来ない。だがそれも、大太刀を戦線から外した編成の白刃隊にとっては、好都合だった。
付喪は他のどの神よりも、人間の認識に影響されやすい。人に作られたが故か、人に使われ続けたが故に宿った魂だからか。最も人に近く、神の名を有するもの。それが付喪神だ。
そして幸か不幸か、刀剣男士としての強さにも比例していた。
美術品としての価値。名声。逸話。伝承。誰も知らぬ真実よりも言い伝えられてきたそれらによって、何もかもが左右される。場合によっては記憶でさえも、無自覚のうちにそうなっているのかもしれない。だがそれを、彼等は知る由もない。
狭い室内であるが故に、行動範囲が狭まっている大太刀に大倶利伽羅が止めを刺す。
これが最後の一体だった。
弱体化、という無粋な一言で前線から外される剣士もあったが、大倶利伽羅だけは変わらず隊長のままだ。それは審神者からの信頼がなせる業なのかもしれない。単純に、扱いやすいから。ただそれだけの理由かもしれない。
油断は禁物だ。しかし視界に敵が居なくなったことに、小さく息を吐き出す。その時だった。
唐突に、その場にいた刀剣男士すべてに襲ったのは、五月蠅いほどの耳鳴りと、眩暈。視界がぐらぐらと揺れ、立っていることもままならない。ひざをつく男士もいた。頭痛とは違う、検非違使の出現時よりももっと酷い、吐き気を催すほどの強烈な歪み。歪曲されていた未来が、今この瞬間に動き出したことを示している。政府が『正しい』と決めた未来へと。これまでにないほどの、大きな変化だ。
ここで敵を倒したことにより、歴史修正主義者が展開を始める直前に戻り、よく作戦を練った上で迎え撃つことが可能になった。それは殆ど、歴史が修正されることを阻んだと同義だ。
審神者の声が鼓膜を通じず、脳に直接伝わってくる。帰還せよ、と。
その声はやけに切羽詰まっているが、この変化により本丸に残る剣士にも影響が出た恐れがある。九十九パーセントの確率で、僅かながらにでも未来が変わった。先へ進むにしろ、態勢を立て直す必要もあるだろう。背く理由は、一つたりともなかった。
出陣から元の時代に戻った刀剣男士を含め、現在本丸にいる刀剣男士全てが大広間に集められた。審神者が全員を集める機会はあまりないことからも、先ほどの戦いが作り出した変化は大きいことが窺えた。
刀帳を脇に抱えた審神者が、それを目の前で開き、声を挙げる。
「今回の出陣によってほんの僅かにではあるが、本来の歴史に近付いたと報告があった」
誰もが予想していた言葉だ。どの瞬間に歴史が変わったのかはさほど重要ではなかったが、どちらにせよ全ての刀剣が把握していることだろう。
ほんの僅かな歪み。しかし僅かな歪みだとしても、未来に大きな影響を及ぼすことは、誰もが知っていた。
「和泉守兼定、大倶利伽羅、同田貫正国は、これまで太刀として扱い、そう分類されてきた」
刀帳の順で呼ばれた三口の刀はそれぞれの反応を示し、反応を示さぬ者もいる。
「池田屋で失われた命が改変によって生き続けることにより、或いは生きながらえたはずの命が失われたことにより、現代に残る資料にも影響が出ていた」
バタフライエフェクト。本来なら見逃してしまう小さな誤差でも、長い時間をかけて遠くの地で大きな違いになることをいう、カオス理論の言い換えだ。
資料を誰かが途中で書き換えた、というわけではない。過程が変われば結果も変わる。
改変前と改変後で、刀の鑑定に関わっていた者の行動や思考に変化があったのだろう。
それらの変動を殆どの人間は感知出来ない。人間にとっては、改変された歴史、または元に戻された歴史こそが正しい過去だ。『最初からそういうもの』として、認識しているだろう。
だが刀剣男士は、もとは武器とはいえ、神の一種だ。人が三次元で生きるものならば、神はそれより高次元の存在。何らかの形で気付くのは当然だ。
「今回、歴史に深く介入することになったのはわかっていたはずだ。それが成功した今、この三口の資料の多くが、『打刀』に戻ったと報告がある」
よって、この本丸でも打刀として扱うことにする。話は以上だ、と、締めくくり、審神者はその部屋から姿を消した。
刀帳に記された刀種の変化。これは、歴史修正主義者によってもたらされた改変の、そして元に戻った中でも、ほんの一部でしかないはずだ。
大半を審神者が明確にしない理由は定かではないが、もっと多くの戻すべき歴史がある。伝えるべき時がくれば伝えるだろう。今はそう考える事しかできない。
「で、俺らと一緒になった感想は?」
大倶利伽羅のすぐ後ろにいた加洲清光が、一歩前に出て尋ねる。特に深い意味のない、世間話のようなものだ。部屋割りさえ一口につき一部屋が与えられているのだから、きっと彼らにとっては何も変わらない。
その様子を光忠は眺めながら、彼の言う次の言葉を正確に予想していた。
「……どうでもいいな」
打刀になったからといって、大倶利伽羅は大倶利伽羅でしかない。短い答えだが、それが本音なのだろう。太刀だろうと打刀であろうと、今後の行動が特別変わるわけではない。今までもこれからも。
元々刀種は人間が勝手に作り上げた分類であり、他者に説明しやすくするために区切りをつけているだけだ。だから、大倶利伽羅だけじゃない。和泉守兼定も、同田貫正国も、人が勝手につけた種別になど興味はなく、それによって在り方が変わるはずもない。
夜戦で太刀は戦いづらいといわれる中でも、この三口の刀剣男士に限らず、十分に戦えている刀剣はいた。これは人の作った小説やゲームではなく、現実なのだ。
「ま、そういうと思ってたけどねー」
清光が離れていく姿を見つめながら、燭台切は口角を上げる。それに気付いた大倶利伽羅が、眉を寄せた。
「おい、何が可笑しい」
「いや、可笑しいんじゃないよ。君ならそういうと思ってたからね」
「ふん」
さあ、部屋へ戻ろう。口にすることなく、広間をあとにする。
彼らにとっては武器であることが、たった一つの真実。
それだけで十分だ。
≪ 燐光 | | HOME | | よすがの星に ≫ |