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燐光

昼と夜との境目。静かに、とてもゆるやかに、太陽が地平へと溶けていく。その姿は眩しすぎて、昼間のそれと同じように直視は出来ない。
 しかし、周囲には薄い青と橙が混じり合っていた。橙はいつしか燃えるような赤へと変化し、薄い青はやがて濃紺へと。夜の色へと変わりゆく。
 光忠はそれを、足を止めて眺めていた。特段やるべきことがなかったせいもある。渡り廊下を通る際に目に入った色は、一日のうち、ほんの一瞬だけともいえるほど短い時間しか現れない。儚いからこそ、より美しく感じるのかもしれない。
 しかし一番の理由はそれではなく、単純に、そう。光忠にとって何より大切な人を、思い出したからだった。

 こうして身体を与えられる前は、自身の見目が政宗公のように隻眼だということすら知らず。魂だけの精神では、何かを見ることすら叶わなかった。
 けれど依代としてこの肉体を得て、時折過去に起きたことを、思い出すことがある。それらは断片的で、繋がりはない。今から二百年以上も前に廃れた、ノイズ混じりのビデオテープのようだ。
 その一つに、震災の記憶もある。一瞬のことだった。ひどく熱く、人の身体であれば汗だくになるような室温。しかし急激に動いた空気で、倉の中は唐突に爆発した。
 燃え上がり、自身が焼けていく。比喩でも何でもなく、ただひたすらに、抗うすべなどなく、武器としての価値をなくしていく。
 光忠にとって、赤は死の間際に目にした忘れられぬ光景のひとつだった。
 しかし、それを塗り替えたのが大倶利伽羅の存在だ。
 本丸にいる時の穏やかな表情は、戦場での凛々しい姿とはまるで違う。一人を好み、けれど他者を突き放す強引さはない。ただパーソナルスペースが広く、落ち着いた時間を好む青年。
 毛先にかけて明るくなっていく彼の赤。そして腰巻きの色を、気付けば思い出すようになっていた。
 遠くで彼は今、その色を纏っていた。纏う、といえば語弊があるのかもしれない。
 沈みゆく陽光を浴びた彼が立ち尽くし、地平に目を細めている。朱色に縁取られた輪郭は、大倶利伽羅が光を放っているかのようだ。その姿があまりに美しくて、見惚れてしまっていた。
 九月一日。大きな揺れと火災によって多くの人々が喪われ、その後の爆発によって光忠自身も失われた。
 だが大倶利伽羅と共に人間のように生きることで、忘れもしない赤は死の象徴ではなく、愛しい男のものへと変わったのだ。
 止まない雨はないように、燃え続ける炎もない。光忠を脅かした忌まわしさは煙となって昇華し、いつしか新たな想いを生み出していた。
 ゆるりと振り返った青年がこちらを向く。癖のある髪が揺れ、この本丸ではある程度緊張をほぐしているのかと、少し嬉しくなった。そうでなければ此方の視線にも、彼はすぐに気付いただろう。
 何か用か、と一度開きかけた口が再び引き結ばれ、言葉もなく眼差しを受け止めていた。用があるのならば燭台切から声をかけると、彼は知っているだろうから。
 先に目を逸らしたのはどちらだったのだろうか。殆ど同時だったのかもしれない。
 たったそれだけ。ほんの数秒視線を交えただけでも、幾千の言葉を交わすより満たされる時間は、確かに存在する。
 陽はいつしか沈みきり、濃紺が空を満たしていくだろう。
 青年に背を向けて、自身の部屋へと足を進める。
 夕陽の色が愛しい者を思わせるというのなら。数百年前に自身を包み込んだ炎もまた同じ色だ。
 それは確かに、大切な人が持つ、あの色だった。

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