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透明なままでいいんだろう?

ゆるりと髪を撫ぜた風に、ふわふわと漂うだけだった意識が浮上していく。先程まで本を読んでいたが、知らぬ間に眠ってしまっていたようだ。
 ぼんやりとした意識の中で深く息を吸ってみると、よく知る匂いが鼻腔をくすぐった。何の匂いか、それとも誰の匂いかもわからない。だがひどく、大倶利伽羅を穏やかな気持ちにさせるものであることは確かだ。あたたかくて、何故だかとても懐かしい。
 髪に触れてきて、長い指に絡ませているのがわかる。普段ならば他者が近付けばすぐに起きるというのに、その指の温度が心地よく、再び深い眠りにさそわれるかのようだ。その者が一体いつから近くにいたのかさえも、なにもわからない。
 まだもう少し、こうしていたい。寄りかかったままの柱に体重をかけて、あぐらをかいたまま。持っていたはずの本は、いつの間にか畳に落ちていた。微睡みのまま、ゆっくりと息を吐き出す。重い目蓋はそのままに、殺し合いと殺し合いの間の、ほんのひとときの安らぎに身を任せていたいなどと。
 肉体という器を与えられる前から、武器ということが何よりの誇りであり、すべてだ。だからそんなことを、普段ならば考えるはずがないというのに。
 この感情に、名前をつける必要などないとも思う。ただ傍にいる者の気配が、体温が、息づかいの全てが、再び深い眠りへといざなう。
 ゆったりと、流れていくだけのひととき。数えてみれば、本当は、それほど長い時間ではないのかもしれない。けれど、大倶利伽羅にとっては、そしてその場にいるもう一人にとっても、何物にも代え難い時間であることは確かだ。
 呼吸音と、今も髪に触れる指の持ち主の温度と、遠くで聞こえる子供の声と。刀としての『命』を懸けた戦いの中で見つけた、静かなだけの時間。
 いつか失われることとわかっているからこそ。そしていつ失うかもわからぬからこそ。この穏やかな時もまた、尊い時間だと感じるのかもしれない。
 けれどそんな曖昧な感情は、聞こえた別の足音に霧散した。目を開けると手は自然に離れ、立ち上がった光忠が背を向けているのが見える。
 あの気配は、光忠だったらしい。
 障子越しに陰が作られ、姿を現したのは骨喰だった。武装を解いた男が、銀の髪を揺らしている。確か今日の近侍は鯰尾のはずだ。
「此処にいたのか」
「……ああ」
 凭れていた柱から背を離し、中途半端に開いたままの本を閉じる。出陣だろうか。手元にある本体の場所を確認する。つい先日、練度の低い者の育成に力を入れると聞いていたが、何か問題があったのだろうか。
「審神者が、土産を買ってきた。お前たちの分も」
「ああ、わかった。ありがとう。すぐに行くよ」
 その土産は食べ物で、だから一緒に食べようと言いたいのだろう。光忠が返事をして、いつもの笑みを浮かべていることが、顔を見なくてもわかる。
 そよそよと風が吹いて、手入れが行き届いた男の髪を動かしていく。
 その姿を眺めながら、大倶利伽羅は深く息を吸い込む。あの懐かしい匂いの正体など。そこから生まれた小さな想いの正体など、今は知る必要はないだろう。

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