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人の身体は煩わしい。斬られれば痛みを受け、出血が過ぎれば自由を奪われる。そして虚しさや苦しみという、昔は持たなかった感情を覚えてしまった。
何もかもが武器であるだけならば必要なかったもの。
人の身体は、ひどく厄介だ。
大倶利伽羅は立てた片膝を肘掛け代わりにし、部屋の壁に寄りかかっている。審神者に命じられた同田貫との手合わせは、日が暮れてから漸く解放された。
繰り返される力比べに、根を上げたのは二人のどちらでもなく、使っていた竹刀。同田貫が使っていた竹刀が音をたてて折れ、予備を取りに行こうとするのを止めたのだ。
数時間にも及んだ勝負は、鍛えられた刀剣男士といえど疲労する。あの男との手合いの後はいつもこうだった。
大倶利伽羅自身も、最中は練習試合ということをすっかり忘れてしまう。手加減するつもりは毛頭なくても、気付けば殺す気で相手をしていた。
もう一回、と声を張り上げる同田貫に付き合ったことに後悔はしていないが、気だるさに舌打ちしたくなる。
この身体を持つ前は、こんな思いなどせずに済んだ。 感情もなく、疲労もなく。無機物であり、武器であり、飾り物でしかなかった数百年。
目蓋を閉じて息を吐き出すと、板張りの廊下を歩く足音が聞こえてくる。この時間ならば、夕餉だと呼びに来る光忠のはずだ。
足音を立てぬよう気遣うわけではないが、長谷部のように足早でもなく、岩融のように体重を乗せた歩き方でもない。
踵からついて、次の一歩は前についた足がつききってから床を離れる歩き方。
本来付喪神にとって食事は必要ない。摂ったところでエネルギーに変換されることもなく、せいぜい味わうことくらいだ。だから全ては戯れに過ぎない。
それでも馬鹿らしいと一蹴しないのは何故か、理由は見つけられていなかった。
「支度が出来たけど、来れるかい?」
「……ああ」
戸の向こうから話しかけられる。本音を言えばまだ動きたくなかったが、ここで断れば、いい顔をしないだろう。
機嫌を伺うわけではなくても、面倒なやり取りが増えるのは避けたい。
「皆が待ってるよ」
料理当番は陸奥守吉行のようだ。煮物や肉、味噌汁はよそって全員に振り分けられ、ふかし芋や温野菜がテーブルの中央に置かれていた。
一つ一つは手が込んだものではないが、家庭の味とはこういうものかもしれない。そう思わせる食卓だ。
食事を終えて自室に戻ろうとすると、ちょうど同じ頃に席を立った光忠に止められた。
「ちょっといいかい?」
答える間もなく近くの部屋に連れ込まれる。電気が点いておらず暗いが、目が慣れれば表情程度なら判別できた。
廊下からは楽しげな声が聞こえてくる。
説明しろと見上げれば、数人の刀剣男士の陰を見送った光忠が、静かに笑った。
「この後、主に呼ばれてしまってね」
ここ数日は近侍を任されていたから、明日の出陣地域と戦略について話し合うのだろう。
だが、今の状況の説明にはなっていない。
「それで?」
「足りないんだ」
何かの欠乏を訴えて、金の瞳が大倶利伽羅に向けられる。伸びた手が勿体付けるように頬を掠め、髪を後ろに掻き上げられた。その間視線は絡み合ったままだ。
胸がざわめいて、緊張で身体が硬直する。胸騒ぎではなく、真っ直ぐに向けられる恋情のせいだった。
燭台切光忠とは恋仲だ。他の者に隠しているわけではないが、敢えて言って回る理由もない。
気付いている者は気付いているし、気付かない者はいつまでも気付かないだろう。干渉してこなければ、どうだっていい。
腰を抱き寄せられ、光忠との距離が縮まる。
「キスしていいか聞くのは、カッコ良くないよね」
「―――っ」
言いながら顔を傾けられた。何度も唇を重ね、歯列を舐められ、力が緩んだ隙をついて生暖かい光忠のものが入ってくる。
奥で縮こまっていた舌に絡まり、応えれば口内を蹂躙されて脳が痺れ、足の力が抜ける。
腰を支えられているから崩れ落ちはしないが、耐えきれずに燕尾服を引っ張った。
「は、……ん、もう、やめ……っ」
あっさり離れた男を息切れしながら睨み付ける。これ以上されたらどうにかなってしまいそうだった。
唇から移された情欲は熱となり、身体の奥を火照らせる。
「もうずっと、触れてないからね」
光忠と休日が合うことが、最近とんとない。今日は大倶利伽羅の出陣はなかったが、光忠は遠征についていて帰還したのは夕方だ。明日は大倶利伽羅が朝からの遠征を言い渡されていた。
大将を討ち取った地域や時代も警備の目的で出陣しているが、遡行軍も諦めが悪く何度でも出現している。
更に慢性の資材不足と練度不足。長時間遠征に高練度の光忠や大倶利伽羅が繰り出されることも珍しくないため、二人が一緒に居られる時間は減っていた。
「本当はもう少し一緒にいたいんだけど。これ以上はまた今度にしておくよ。あまり待たせちゃ格好悪いからね」
「……ああ」
後ろに下がろうと顔を背けると、光忠が腰を離した。
一歩分の距離を保ったまま向けられる視線は既に普段通りで、先程までの熱っぽい眼差しなど見る陰もない。
「だけど君は、落ち着くまで此処から出ちゃダメだよ」
「どうして」
「僕とキスしたって顔してる。そんな顔、他の誰にも見せたくないからね」
部屋を出ていき、締められた襖の隙間から細い光が入ってくる。
植え付けられた色情の火種。燻るだけのそれはあとほんの少しでも触れれば、大きな炎となるだろう。
だが出来ない。自ら慰めたりもしたくない。繋いだ身体の心地良さを、そして熱を知った今、結局は中途半端に投げ出すしかないとわかっているからだ。
恨んでも仕方ないことで、審神者と共に戦うと決めたのも自分だ。後悔はないが恨み言は言いたくなる。
「こんなこと……っ」
人の身体さえ持たなければ、こんな想いをせずに済んだ。
巡る熱に目を閉じて、過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。
***
数日が経ち、その日は珍しく光忠と大倶利伽羅は同じ隊で出陣していた。
異変に気付いた馬が嘶き、一陣の風が吹く。
遡行軍の気配を察知し、索敵後素早く陣形を敷いた。
始まりは名乗りを上げる声だ。
「長船派の祖、光忠が一振……参る!」
僅かな隙も許さぬと。
光忠の横で白い布がふわりと揺れ、銀の光が煌めいた。駆け出したのは山姥切国広だ。
二合で騎兵を落馬させ、三合目で目の前の太刀を絶命させる。
別の場所で殆ど同時に動いたのは江雪左文字だった。この男が声を張ることはない。
「退く気はありませんか」
戦闘に消極的な言葉とは裏腹に、その切っ先は冷たく鋭い。群れていた歩兵を散らし、大太刀を倒す。
「格好良く決めたいよね!」
揚々と張り上げ、ひと振りの太刀を斬り伏せている。
取り付きが早い分一見有利な戦況は、しかし残った大太刀の一薙で互角へと変わった。
護衛兵が吹き飛ばされ、大倶利伽羅と光忠にまで切っ先が届く。
「それで?」
「やるねぇ」
咄嗟の判断が功を奏した。掠めるだけに止めた攻撃は、動きを鈍らせるには至らない。光忠に限っては僅かでも負傷させた実力に、喜びすら感じているようだ。
大太刀の次の一振りが遅れた隙に、大倶利伽羅が前へと躍り出た。
「死ね」
低く短い、呟きのようなそれは、確かな殺意を以て敵を死たらしめる。
「近づけまい!」
太郎太刀が巨大な大太刀を振るう。平時の穏やかさからは想像もつかないが、その姿は荘厳なまでに美しい。残っていた短刀や脇差しを薙ぎ払い、立っている者は白羽隊のみとなった。
呼吸が乱れるまでもない戦い。当然緊張感はあったが、終えた戦闘に深く息を吐き出す。あとはもう、本丸へ帰るだけだ。
ぴりりと痛みで腕が引きつり、大倶利伽羅はそこに目をやった。僅かに切れて血が出ているが、手入れするほどでもない。
この痛みも、人と似た身体を持つ前は知らなかった。
ぼんやりとそれを見つめていたら、光忠が近付いてくる。帰還後は、揃って明後日まで暇を言い渡されていた。
「大丈夫かい?」
「ああ」
光忠は服こそ破けてないが、払いきれなかった汚れがついている。隠された何処かに怪我もしているはずなのに、さも嬉しそうに笑った。
「こんなふうに、政宗公も痛みを感じてたのかな」
あの派手好きな主を思い出す。腰に手を当て、痛みを知ったことさえ誇らしいとでも言うように。
「痛みは苦しいけど、彼のことを知れて嬉しいね」
同意を求めていたわけではないはずだ。大倶利伽羅も答えず、顔を背ける。
「……ふん」
それを気にした様子もなく、笑みをいっそう深めると、刀を鞘に納めている仲間を見回した。
「さあ、戦闘は終わりだね。カッコ良く帰ろう!」
本丸に戻ると長谷部が交代で近侍に就き、大倶利伽羅と光忠は揃って手入れ部屋に放り込まれた。
練度の高い二人は、軽傷といえど手入れに時間がかかる。ゆっくり休めと手伝い札さえ渡されず、終わった頃には陽が暮れていた。
夕食を終え、寝間着に着替えて寛いでいると、襖の向こうから低い声が掛けられる。
「今、大丈夫かい?」
「……ああ」
普段と変わらぬ燕尾服姿の男は、小さめの紙袋を持っていた。大倶利伽羅よりも十分程早く手入れを終えていたが、何処かに行ったのかもしれない。
「二人で食べるように、渡されてね」
「……審神者からか?」
紙袋から出された透明のパックからは、うぐいす餡に包まれた白い餅が透けて見えた。
「そうだよ、君と僕にばかり頼って申し訳ないって。お詫びのつもりみたいだけど、気にしなくてもいいのにね」
ずんだ餅だ。伊達政宗の研究の結果生まれたと言われているらしい。
「食べたことはあるかい?」
「いや、ない」
「じゃあ、あとで食べようか」
パックを出しておきながら、すぐにしまって壁際の机に置いた。
「今じゃないのか」
「今は、ダメだよ」
光忠の金の瞳に、真っ直ぐに射抜かれる。その声が、途端に夜の気配を帯びた。
伊達男の右手が頭に添えられる。跳ねた髪を掻いて後頭部へ滑り、今度は引き寄せた。
顔を両手で捕らえられ、息がかかるほどの距離に、知らず息を詰める。
「今日は止まれないよ」
唇が重なった。
夜は、これから始まる。
褥の上に仰向けで組み敷かれ、浴衣を肌蹴られたせいで肩が出る。光忠の口唇がそこに触れながら、手は器用に帯を緩めていた。
肩口に顔を埋め、何度もリップ音を出しながら鎖骨へと移動する。先日から燻ったままの欲は、隻眼の男の指で容易く熱を灯す。皮手袋は既に外されていて、素肌の感触は足の付け根に這い、その先を想像して息を呑んだ。
先程まで与えられていた深い口付けの間に、茎は兆していた。
「は……っ」
脚にかかるだけの浴衣をずらし、徐にそれを掴まれて熱い吐息が出る。焦らすことなく期待が叶えられ、肌が粟立ち、右手の甲を己の口に当てた。
そうしないと、出したくもない声が出てしまいそうだ。
「気持ちいいかい?」
「…………っ」
先端から根本まで擦り、今度は逆の動きをする。繰り返されるうちにそこは硬く張りつめ、先走って溢れたものが水音を立てた。
その様子をじっと見られている。顔を背けたところで無視出来ない視線が、大倶利伽羅を煽った。
「……っ、……ふ、ぅ」
声を抑えるだけで精いっぱいだというのに、光忠の手は巧みに快楽を引きだし、追い詰めていく。縋るものを探って、シーツを握りしめた。
「……ん……っ、ぁ」
「いいよ、いって」
甘く、色気のある声がねっとりと鼓膜を犯す。それに抗えるはずもないまま、大倶利伽羅は達した。
柔らかな布団は弛緩した身体を受け止める。汗ばんで顔に貼りついた髪を指で避けられ、金色の独眼を細めた。
そろりと後ろに触れ、ひくりと緊張する身体を宥めるように、平らな胸を撫でてくる。
「久々だから、怖いかい?」
怯えていると勘違いしたわけではないだろう。ずっと欲しかったものが得られる瞬間を、恐れるはずがないのだ。
大倶利伽羅は合意でなければこんな事を許さないと、光忠もわかっているはずだ。そして同じだけ飢えていることも。
「違う」
狂おしいほどの情欲と、それが今にも与えられようとしている歓喜。互いの眼差しが絡み合い、未だ崩されることのない燕尾服に手を伸ばす。
こうして話している間さえもどかしく、お前が足りていないと伝えるように、襟を縁取るように指でさすった。
体勢を低くした光忠の顔が、呼吸がかかるほど近付き、参ったね、と苦笑する。
見せかけの余裕など、壊れてしまえばいい。
「酷くは、したくないんだけどねぇ」
腰が太腿に押し付けられ、十分すぎるほど興奮していることを教えられる。
「わかってるんだろう、光忠」
答えるように光忠の指が後孔に潜り込んでくる。耳を塞ぎたくなる水音に、潤滑油が使われていると気付いた。
欲に燃えた瞳が再び大倶利伽羅に向き、口唇に吸い付く。柔らかいものが口腔に潜り込み、上顎に這わされ、舌が絡め取られていく。
力が抜け、内壁を擦られる感覚に腰が震える。
ぼやけた視界で見上げると、猛禽類の表情をした男がいた。
浅い部分から解し、指は徐々に奥へと進んでいく。萎えた自身を握られ、異物感以外の刺激を与えられた。
「……っ」
「声を我慢したら、だめだよ」
その方が楽になる、と囁かれても、素直に受け入れられようはずがない。
探る動きに耐えていると、前立腺を指先が掠めた。それまでと違った感覚に背中を反らす。そこばかりを執拗に押され、光忠の服を引っ張った。
「は、ぁ……そこ、やめ……っ」
「もっと感じてごらん」
いつの間にか二本になった指は、大倶利伽羅の内側を広げていく。満足に言葉も発せず、気を逸らせもしない。
内と外、両方からの刺激に、頭が沸騰しそうだ。
「もう、無理だ……っ」
懇願になっても、それを恥じる余裕すらなかった。ふっと笑みを浮かべられ、満足げに頷かれる。
「ああ、わかった」
指を引き抜き、脚の間に身体が割り込む。素早く服を脱いだ光忠の素肌が触れた。
普段ならば決して乱されることのない着衣は、こんな時ばかりは関係ない。
灼熱が押し付けられ、喉を鳴らす。
「……っ」
一番太い部分が入りきり、時間を掛けて含まされていく。先端で前立腺を掠め、潤滑油を足しながら、漸く全てが入ったようだ。
馴染むまで待つつもりでいるのだろう。目蓋やこめかみにキスが降らされる。
「はやく、動け……っ」
だが、こちらも限界だ。そんな気遣い端から必要ない。
「っ……、そんなことを言って、止まれなくなるよ」
「いいから……っ」
両手が大倶利伽羅の腰を掴み、合図のつもりか唇で頬に触れる。半分ほど抜いては突き上げ、奥を満たす。次第に動きは大胆になり、ぎりぎりまで引き抜かれては串刺しにされた。
「っ……、ぁ」
何度も揺さぶられ、視界がぼやけていく。先端で前立腺を抉られて、抑えきれない声が漏れた。先日の中途半端な触れ合いに欲を燻らせたのは、大倶利伽羅だけじゃない。
立ち上がった茎が光忠の腹に擦れ、既に身体は限界を訴えている。
「ぁ……っ、く、ぅ」
いつもは黙れと言っても話すのをやめない男は、今日は口数が少ない。そのせいで自身が発する声ばかり聞こえて、口か耳を塞いでしまいたかった。
「我慢したらいけないよ」
唇を噛むと、目ざとく気付いて咎める。さっき言っただろう? と浮かされた視線が注がれた。
「ふ、……うる、さい……っあ」
知るか、と跳ねのけたいのに、光忠が強く突き上げたせいで高い声が出る。
「もう……、いく……っ」
限界を訴えた途端激しくなる律動に、視界がぼやける。光忠に手を伸ばし、肩に爪を立てて縋った。
「ぁ……、あ、っく」
背中を撓らせ、腹の上に白濁を吐き出す。
だが、光忠の注挿は止まらなかった。絶頂から降りられず、泣き声にも似た声で責めることしか出来ない。
「あ、あ、あ、みつ、ただ……っ、やめ、てくれ」
「……っは」
一際大きく貫かれると、体内で光忠が吐精した。奥を濡らされる感覚に、避妊具を付けていないことを悟る。
「っ、もう、抜け」
「僕は、言わなかったかな」
一度達したせいか、表情には余裕が戻っている。体内で勢いを取り戻したのを感じ、離れようとしたが失敗に終わった。
「止められないって」
この調子では、明け方まで眠れないだろう。それでも気持ちが満たされていくのは、悪い気がしない。
感情を持たなければ、こんなふうに考えることもなかったはずだ。
「何を考えてるのかな」
「っあ」
突き入れられて、引き戻される。熱くなった身体は、そう容易くは冷めないだろう。
「お茶が入ったよ」
湯呑と急須をちゃぶ台に置きながら、光忠が微笑む。
空が白み始めた頃に、大倶利伽羅は漸く解放された。気絶するように眠り、目を醒ましたのは昼過ぎだ。その時には光忠は服装を整え、昨晩の残り香など纏っていなかった。
「ああ」
審神者から渡されたずんだ餅を食べようと、光忠が緑茶を淹れてきたのだ。
注がれた茶を飲み、小皿に取り分けられた餅を、菓子切りを使って食べる。
口の中に広がる自然な甘さ。枝豆を磨り潰して作られた餡は、元の風味を消すことがない。
一つを食べ終えたところで、光忠の視線に気付いた。
「……何の用だ」
「いいや、何でもないよ。食べようか」
一口大になっている餅を口に運び、飲み込む。
「きっとこんな事にならなければ、僕等が何かを食べることなんて、なかっただろうね」
遡行軍が歴史改変を企まなければ。
身体を与えられなければ、知り得なかったこと。
傷つけられて痛むことも。視線を交え、言葉を交わすことも。
この身体は煩わしい。
斬られれば痛みを受け、出血が過ぎれば自由を奪われる。そして虚しさや苦しみという、昔は持たなかった感情を知ってしまった。
「政宗公は、こんなものを食べてたんだね」
この身体は、ひどく面倒だ。
目の前の存在に触れた心地よさも、何もかもが武器であるだけならば必要なかったもの。
「ああ」
それでも、人がこれを幸せと呼ぶのなら、きっとそういうことなのだろう。
今は、これも悪くないと。そう思っている。
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