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心臓ひとつも掴めやしないで

燭台切光忠が破壊させられた。出陣していた第一部隊からの定時報告を審神者が聞き間違えたらしく、重傷のまま進軍。大太刀の一撃で呆気なく逝ったらしい。
 らしいというのは、長谷部はその時遠征に向かっていて、目の当たりにしたわけではないからだ。帰投すると既に他の遠征部隊は待機させられており、大広間に集められた。燭台切に同行していた刀剣は激しく疲労していて、その場にはいなかったが。ただならぬ空気の中で告げられた一言は、ひどく残酷な現状。
 かたちあるものはいつか壊れる。武器は、いわば人に使われる道具でしかない。自身の行く末を決められるはずもなく、この結果もまたひとつの結末と言えよう。物が壊れることは世の道理だ。神でもある存在が、人と同じ価値観になれるはずもない。
 何となしに周りを眺めていると、大倶利伽羅がいた。壊れた男が特に目に掛けていた青年だ。大倶利伽羅の性分もあって二人で過ごす姿は見なかったが、態度や視線のはしばしで気にしていることはわかった。
 破壊。それは青年が時折口にしている、死と同義だ。人間の終末と同じ言葉を使うなど、どうかしている。
 見ていると表情を変えないまま、静かに静かに、唇が動いていた。呟きよりもっと控えめな声は長谷部の元には届かない。すぐ隣にいる刀剣にすら聞こえていないだろう。
 だがその動きは、確かに悼みの言葉だ。
「……そうか」
 二度と戻らないあの男へ向けて。涙さえ流さないまま。
 それは泣きじゃくるものよりも、ずっと深く悲しんでいるように見えた。


 あれから、一週間が経つ。
 本丸は一見普通に機能している。本来あったものが壊れれば、別の代替品を宛がう。元来自らの意思で動けなかった無機物は、仲間の破壊でさえ割り切れてしまうのかもしれない。
 大倶利伽羅を連れてこい、という主の命で、長谷部は彼を探していた。内番も言いつけられていない青年が、空き時間に何処にいて、何をしているのかなど知るはずもない。
―――面倒なことを押し付けられた。
 今までならば、光忠の役割だったのだ。
 心中で溜め息を吐いて歩調を緩める。本丸中を回ることになるやもしれなかったが、仕方ないことだと諦めるしかない。
 そう結論付け、再び視線を巡らせる。偶然目に入った一室に、僅かに片眉を上げた。燭台切が使っていた部屋の襖が開け放されていた。
「……何故」
 今朝方この前を通ったときには閉められていた。だというのに誰が開けたのかと考えて、探している人物に思い当たる。
 部屋の中を覗き込むと、見当が外れなかったことを確信した。しん、と静まり返った室内。呼吸音さえ聞こえない空間で、電気も点けず、薄暗い部屋の中央で立ち尽くす青年の姿があった。
 背後からの夕日で伸びた影が壁に映り、長谷部のカソックをかたどる。来訪者に気付かぬはずがないのに彼は動かず、相変わらず背が向けられたままだ。
 光忠の破壊から、大倶利伽羅の表面的に変化はない。悲嘆に暮れることもなく、怒ることもなく。自堕落にもならず、与えられた任務をこなす日々。
 それまでと何も変わらないまま、一人を望んだ。目の前にある背中は、大切なものを失くして途方に暮れているようだ。
 不意に甦ったのは、一週間前の様子だ。涙も流さずにただ一言、そうか、と呟いた青年の心が、僅かながらに見えた気がした。その強さが、今はひどく痛々しい。
 彼は一人でいることが当たり前になっていたから気付けなかったが。もっと前から、見当たらない時は。
「ここにいたのか」
「…………」
 声をかけても無言が返される。いつ誰が見てもいいように、と常々口にしていた男は、当然のように自分にも適用されていたらしい。壁際にある机の上には何もなく、整頓された部屋の隅には座布団が二枚、重ねて置いてあるだけだ。
「主がお呼びだ」
 やはり反応はない。主命に背きたいわけではないだろう。ただ心が動かないまま、燭台切が帰らない理由を探しているようで。
「おい、聞いてるのか」
「……ああ」
 声の調子は変わらない。
 長谷部の中に生まれた不可解な感情が、じわり、と滲み出す。息とともに重苦しいそれを吐き出そうとして、失敗したことを悟る。
 胸が締め付けられるという感覚は、これをいうのかと。唐突に理解した。人とよく似た身体を得て、感情というものに触れても、共感には及ばなかった。知識を持っているものの、解ってはいなかったのだ。
 仲間の死そのものよりも、それを悼む姿。泣いてしまえば軽くなるかもしれないのに、いつまでもそうしない姿。それを強さや自立と呼ぶのなら、なんて悲しいのだろう。
 数歩近寄っても反応を見せない青年に手を伸ばす。低い位置にある頭を、気付けば胸に寄せていた。
 自らの手で彼の目を塞ぐようにした行動は、抱き寄せるとは到底呼べない。
――――あの男ならば、もっと器用に泣かせてやったのだろうか。
 そんな、考えてもきりがないことを想像してしまうくらいには、内心動揺していた。
「……何のつもりだ」
「十分待ってやる」
 十分経ったら、主のところへ向かえ。そう言外に含ませながら、胸に当たる後頭部を離せるのかを、考えないようにする。
 正面から抱き締めることなど、長谷部は許されていない。それは、帰らぬものだけが持っていた特権だ。
 もう、あの男は戻ってこない。壊れたものは、元のとおりにはならない。決して。
 長谷部からしてみれば贅沢すぎるものを持ったまま、深い傷を残して消えていった。
 いやな男だ。
 存在が失われた後でさえ、付け入る隙を与えないなんて。
 青年は終ぞ、長谷部の手袋を濡らすことはなかった。


 



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