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春に降る雪

びゅう、と、開け放していた窓から、冷たい風が入ってきた。髪を揺らし、服をかすめて。重ねて置いてあったいくつかの書類が飛び、集中が途切れた光忠は、整理していた書類のファイルから顔を上げた。
 ため息というほどでもない息を短く吐き出すと、窓を閉めるために手を伸ばす。
 指先で触れた窓硝子は冷たい。つい先ほどまで爽やかに晴れ渡っていた空は、分厚い雲に覆われて今にも降り出しそうな表情をしていた。
 ここ数日は温かい日が続き、漸く春の足音が聞こえてきたと思っていたのだけれど。どうやら気のせいだったようだ。朝から続いていた肌寒さは、日中になって更に冷え込んでいた。
 窓を閉めると、今度はがたがたと音を立て始める。それだけ風が強いという証拠だ。
 側用人が控えるための部屋は、刀剣男士に宛がわれた個室よりもほんの少しだけ広い。その上家具も少ないとくれば、余計に寒々しさは増すだろう。廊下のような板張りより幾分ましとはいえ、座布団に座っていても冷気が畳から伝わってくるかのようだった。
 今、光忠は近侍を任されている。だというのに審神者の傍に仕えていないのは、控え室で楽にしていろと言われたからだ。書類の整理は、単なる光忠の暇つぶし。審神者にも一人きりでいる時間は必要だろう。
 手早くファイリングを済ませて立ち上がると、壁際の棚に納める。
 その足で縁側と室内を区切る大きな障子に向かい、ゆっくりと開けた。途中で引っかかることなく開き、庭には葉桜となり始めた木がよく見える。
 この寒さでは、きっと誰も外に出たがらない。冬用の布団は既に押入れの奥に仕舞ったが、また出したほうが良さそうだ。これで雨でも降れば、もっと冷え込むだろうから。
「おい。交代だ」
 そんなことを考えていたら、大倶利伽羅が来ていた。この本丸では、近侍は交代制だ。全ての刀剣に近侍が回るよう審神者が時間で管理している。練度を上げたい刀剣が突然降って現れない限りは、そして審神者が交代させることを忘れなければ、数時間で指名された刀剣男士がこの部屋に来る。
 どうやら、この後は大倶利伽羅のようだった。黒い詰襟の前を開けているが、中に来ているのは相変わらず白いTシャツ。
「ああ、もうそんな時間だったね」
 少し笑って、片付いている部屋を後にする。そのつもりだった。
 ひらり、と、白い綿が視界のはしを掠めたのだ。桜の花びらだろうか。一瞬考えたが、きっと違う。
 白い花弁は、庭から舞い降りているわけではない。もっと、上だ。
 それは、空から手前の石灯籠に落ち、僅かに溶けた。じわりと溶けきる前にまたひとつ、ふたつと数を増し、ほんの少しずつ、きっと少しの時間を掛けて、その色を積もらせていく。
 雪だ、と気付けば呟いていた。
 隣の彼もつられて庭へと視線を巡らせ、濁った色の空を見上げている。
 ただでさえ静かな本丸の音を吸収し、辺りは静まり返っていた。は、と息を吐き出せば白くもやがかかり、天へ昇りながら溶けていく。
 どうりで寒いはずだ。そう心中で呟いて、まだ彼の――――大倶利伽羅の部屋は、まだ炬燵を仕舞っていなかったことを思い出した。
「炬燵を片付けなくて良かったかもしれないね」
 その言葉に、僅かに顔を顰めた。一瞬のことで、すぐにわからなくなってしまうけれど、それを見逃すはずがない。
「何かあったのかい?」
「………連中が、今も使ってる」
 ああ、と合点がいって、少し笑ってしまった。鶴丸に炬燵の存在を教えられた短刀が、時折その恩恵に与ろうと訪れる。この寒さでは、今日も押し掛けられ、部屋に彼らを残して近侍の仕事に来たのだろう。
 もう四月も中旬だというのに降り始めた綿雪は、しんしんと、止むことを知らぬかのように降り続く。
「僕は戻るからいいけど、その格好じゃあ、君は寒いんじゃないかな」
 せめてこの部屋に囲炉裏か火鉢でもあれば、まだ良かったのだけど。
 勿論、近侍の役目があるからじっとしているわけじゃない。今は仕事がなくても、第一部隊の疲れが取れれば再び出陣することにもなるだろう。当然そうなれば彼も戦いに出る。寒いなどと言っている場合ではなくなるはずだ。
「お前には関係ないだろう」
 構わなくて良い。と、はちみつ色の瞳が此方を向く。表情を映さないその色は、きっと本心なのだろうとも思う。
 毛布もないまま取り残していきたくない。誰のためでもなく、これはエゴであり、独善だ。
 何かあったかな、と探して、結局自身が着ている燕尾服を脱いでいた。
「そうだね、だけど、気になるんだ」
 詰め襟の上から袖は通せないが、羽織るくらいは出来るだろう。肩にかけると、彼の背にはテイルコートが少し大きいらしい。
「何のつもりだ」
 羽織らせたその意図に気付かぬ彼ではない。暗に必要ないと言っているのを無視して、癖のある焦げ茶色の髪を指で梳いた。
 見上げてくる瞳は、本当は答えを欲しているわけではないのかもしれない。
 けれど微笑んで、言いたいと思ったから、彼に伝える。
 君がどう思うかじゃないんだ、と。少々強引にでも渡して、納得しないままの彼を部屋に促した。
「僕が、君に風邪を引かせたくないんだよ」
 理由なんて、それだけで十分だ。

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