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春うらら

燭台切光忠が本丸に顕現させられてすぐ、近侍を務めていた大倶利伽羅と会った。それが、刀剣男士としての最初の出会い。  一人を貫こうとする姿が気になったのは、過去の負い目からくるものじゃない。同情はありえない。  外見は全く違うのに、政宗公とよく似た生き方がカッコ良かった。最初はただ、それだけ。  彼と共にいたいから、そこにいることを決めた。  見た目を似せ、名付け親をどれだけ辿ろうと、所詮は作り物。対して彼は、心の底、身体の芯で元の主を理解している。  その姿に惹かれ、憧れに近い感情を抱いた。いつしか恋情に変化し、想いは何も変わらない。  どこからが恋だったのか、境界線を明確にする必要はないだろう。  割り振られていた仕事を終えて、春の陽射しに目を細める。真っ青に晴れ渡る空と、薄紅に満ちた樹木。誰に見られるためでもなく、本能のままに咲き誇る木は、花弁を降らせている。  その姿がカッコ良いと思ってしまったら、間近で見たくなるのは仕方のないことだろう。桜に誘われるように、光忠は足を踏み出していた。 * * *  枝垂れ桜の緑門を抜けると、染井吉野が並んでいた。香りは殆どなくても、満開時の美しさには圧倒される。  木に近付くと、黒い服の裾が、柔らかな風にはためいて覗いた。大倶利伽羅がいるらしい。  遠目から誰もいないように見えたのは、太い幹の陰になっていたようだ。どうりで室内で見かけなかったはずだ。  癖のある焦げ茶色の髪が揺れ、ささめきに耳を澄ませている。 「こんなところにいたんだね」  いつもなら声をかけず、隣で眺めるだけに終わっていた。特に用事もないなら、彼が大切にする一人の時間を奪う理由もない。  動かなかった青年が、静かに此方に視線を向ける。  驚いた様子はないから、人の気配には気付いていたらしい。 「何の用だ、光忠」  ともすれば突き放すように聞こえる一言と、穏やかな眼差し。刀として多くの人々の手に渡り、その分だけ移り変わりを目の当たりにしてきた。  だけど所詮、無機物でしかなかった頃の記録だ。  人のような感情もなく、無感動に包まれたまま。当然刀剣男士として呼び出される以前には、身体は持っていなかった。  言葉もなく、刻々と流れる時間を同じ主のもと過ごしたことがある。互いの共通点なんて、それだけ。 「僕も、桜を見に来たんだよ」  一年のうち、花を咲かせるのはたった数日だ。それでもその数日は、多くの人間に感動を与えていく。 「政宗公と、花見が出来たら良かったのにね」 「………」 「貞ちゃんと、他の皆とも一緒に。そうは思わないかい?」  馴れ合いを好まない彼に尋ねるのは、野暮かもしれない。まだ貞宗も本丸にはいない今、同意してくれる者はいなかった。  過去に対してのifなど、意味はないこともわかっている。答えの無い問いを繰り返したところで、現在が変わるわけじゃない。もし、という過程は、人ならざる者にとって無駄な感傷だ。 「……ふん」  遅れた返答は、否定でも肯定でもなかった。だけど、それさえも嬉しい。  過ごしてきた日々が、感情を得た今甦ることがある。そうして甦った瞬間に、記憶は思い出へと変わった。共に闘えて嬉しかったとか。元の主と共に、食事を摂ってみたかったとか。大倶利伽羅と、もっと一緒に居られたら良かったのにとか。  そんな、感慨を覚えてしまった。  これが刀剣にとって幸か不幸かは、まだ誰にもわからない。大倶利伽羅は過去なんて関係なく、周囲を遠ざけたいだけかもしれない。  だけど武器でしかなかった頃はこうして話しかけることも、反応を返してくれる術もなかった。だから純粋に、今という時間が幸せだ。 「皆で、花見をしようか。軽い食事でも作って、シートをひいて。勿論、君も一緒にね」 「群れるつもりはないと言っただろう。お前らで勝手にしろ」  戯れに提案すれば、案の定却下される。ならば、と、まるで妥協案みたいに申し出た。 「うーん、仕方ないか。それなら、皆じゃなくていいよ。僕と、二人でしよう」 「どうしてお前と花見なんか……」  眉をひそめられる。別に、この機会を狙っていたわけじゃない。  だけどタイミングなんて、どうでも良かった。伝えようと伝えまいと、この気持ちは変わらない。 「君が、好きだからだよ。デートの誘い、受けてくれるかな」  軽口のような言い方になってしまっただろうか。しかしこちらは至って真面目。  僅かに琥珀の瞳が大きくなり、驚きを示す。彼の逃げ道は残したまま、一歩近寄った。 「―――っ、何のつもりだ」  テリトリーに侵入された猫のように、警戒の色を浮かべられる。怯えてはいないが、真意を図りかねているのだろう。 「どうするつもりもないよ。ただ……そうだね。口説いてるって言えば、許してくれるのかな」 「冗談は好きじゃない」  大倶利伽羅も、ふざけていないことなんてわかっているはずだ。いつもは穏やかに見返してくるというのに、視線は少し鋭い。 「僕は本気だよ」  声を抑え、金色の瞳を覗き込んで囁く。  もとより取り消すつもりはなかった。この想いが受け取られることはなくても、容易になかったことには出来ない。そして、どうしてだろう。大倶利伽羅がこの距離を許す者は、他にはいないと、疑わない自分がいた。  追い詰めたいわけじゃない。一歩分離れると考えるふりをして、青年を眺める。少し低い身長と、光忠よりも若い容姿。こちらの様子を未だ窺っている。  それに苦笑し、肩を竦めた。 「どうしたら、信じてくれるのかなぁ」  人の好き嫌いに関しては、はっきりしている青年だ。嫌われていないと思いたくても、同じ感情を持ってくれているのか、そうでないのかすら、今はわからない。 「僕は、後悔したくないんだよ。あの時こうしておけばよかったとか。最善を尽くせなかったことを後悔するのは、悔しいと思わないかい?」  いつ壊れるとも知れぬ身。ならば与えられた刃生を、悔いなく生きたい。そう考えるのは贅沢だろうか。 「―――っ、俺は、馴れ合うつもりはない。お前ともだ」  馴れ合うつもりはない。そう繰り返す瞳には、何が見えているのだろう。  真っ直ぐ掛けられる言葉に、きっと偽りはない。彼自身の本音であり、望み。怒鳴るわけでも、凄むわけでもない。境界線を引き、その向こうに彼は一人で立っている。 「俺は、何かを求めたことなんてない」  想いの全てを、語ってくれる青年じゃない。隠しておきたい心の内を、無造作に開けたいわけでもない。  だけど、許して欲しい。 「それでも、僕は一緒にいたい」  大倶利伽羅はまだ、彼自身の気持ちについて何も伝えてくれていない。  蜂蜜色の瞳を見詰め、もう一度繰り返す。想いの丈を、示すように。 「君が好きだ」  欲しがらない人に与えようとするのは、傲慢だろうか。失うものを、悪戯に増やしてしまうだけだろうか。  それでも、どうか、と。  一際強い風が吹き、薄紅の花弁が一気に散る。木々がざわめく中で、視線を外さないまま口にした。 「僕を、受け入れて欲しい」  これは、彼への一つ目の願い。  



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