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生きているから泣くんだろう

全てが終わった後と燭台切の震災捏造です。






 紅い炎が頬を掠め、耳元で火花が爆ぜた。辺りを見回さなくとも、周囲は火の海に包まれている。

 全ての任務が終わり、元の時代に戻されることが決まった。目的が達成されれば、至極当たり前のことだ。だが燭台切を含めた現代までに失われている刀剣は、選択肢を与えられていた。
 ひとつは、他の者と共に2205年へ戻ること。そうしてしまえば、痛みも苦しみもないまま、何もなかったかのように消えていける。
 もうひとつは、存在が失われる直前に戻ること。歴史を変えることは許されない。しかし、『死』を経験することで何か違うのではと。
 死か消失かを本人に選ばせるなど、なんて酷い主だ。
 苦しいだけのものになるかもしれない。悲しいだけのものになるかもしれない。二度目のあの日を体験したところで、未来が変わるわけでもない。
 それでも、と。
 光忠が選んだのは、人の姿で死にゆく今だった。死を経験することで、生きていたと思い込みたかったのかもしれない。
 蜃気楼にぼやける向こうを睨む。誇張でも比喩でもなく、身体が焼けていた。火に呑まれる刀身を掬い上げ、逃げてしまえたならどんなにか楽だろう。外の喧噪に紛れ、生き永らえることが出来たら。
 今自分には歩くための足も、運ぶための腕もある。だがそれは、長い闘いの中、ようやく取り戻した平穏を無にするのと同じだった。
 元々埃の匂いで満ちていた空間は、火の周りも早い。熱を肌で感じながら、ひとり笑みを浮かべる。
 刀剣男士となる前は、この熱さも知らなかった。ただただそこに存在し、何を思うことなく朽ちていく。物には感情などなく、呼び覚まされて初めて心を持った。武器として過ごした記録は、いつしか記憶へと変わって。
 死にたくないと願うのは、動物としての本能。無機物でしかなかった自分が、本来ならば手に入れられなかったものだ。
 本丸で出会った刀剣や、大倶利伽羅と過ごした日々もそう。時代も地域も離れていた物、離れ離れとなった物が『者』となり、出会い言葉を交わす。身体を得て、人間のように感情を持ち、やがて恋をする。それを奇跡と呼ばずして、何と呼ぼうか。
 奇跡は無かった事にされると、審神者は告げていた。世界には過去改変の危機など訪れず、刀剣男士など現れなかったことになると。審神者が戦国の世へ向かった事実さえ、正しく修正される。誰にも気付かれないように。
 刀は刀、武器は武器。関わった刀剣の記憶がどうなるかは、保障できない。
 けれど全て仮説でしかない。付喪神が過去へ飛んだことは、前代未聞だそうだ。信じるか否かは自由だとも。
 人に与えられた人とよく似た姿。食事をして、生きてきた。なれば最期も、人のように死を得よう。それがこの身体への弔いだと思った。
 炎は広がっていく。景色を橙色に染め、いつか灰へと変えるのだろうか。
「想像していたよりずっと、苦しいね」
 知らなかったわけではない。鍛えられてから多くの人間に与え、数え切れないほどの敵にもたらしてきた。
 しかし当然ながら、体験するのは初めてだ。
 熱気と一酸化炭素で呼吸がままならない。もとは刀だというのに、こんなところまで姿に忠実だとは。
 自分にも、魂というものがあるのなら。どうか、と願う。
 仮説は仮説。幸せだった日々が、無かった事にはならないように。
 大倶利伽羅の傍で笑えた時間が、消えて無くならないように。
 祈りを覚え、こうして迎えようとしている死が。歴史から消えないように。

 窓の外へ視線をやると、青く澄んだ空があった。
 浮かぶのは、燦々と輝く太陽。真南に浮かび、眩しいほどの光を放っている。
 その色は、美しい黄金にも見えた。
 今も揺れる炎の色と、混ざっているのかもしれない。彼の姿を思い描いたせいで見た、幻覚かもしれない。
 けれど、光忠には関係なかった。重い腕を持ち上げ、自身の手を顔にあてる。
 涙が出るほど嬉しい、その色。
 彼自身が宿していることも、共に過ごした人々が持っていたことも、関係ない。光忠にとって金色は、あの青年の色だった。
 二度目の死を選ばなければ、決して得られなかったもの。刀剣男士として大倶利伽羅に出会わなければ、知る由もなかった真実。
 最期に目に入るものが、炎ではなく。崩れ落ちてゆく刀身でもなく。
 愛する者が持っていた、あの色だということが、ただひたすらに嬉しかった。
「本当に幸せ者だね、僕は」

 噛み締めるような呟きに、偽りはない。
 水が一粒、その場に落ちた。


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